第4話「君は国家のものじゃない」

ドン……ドン……


 倉庫の鉄壁が、まるで心音のように震えていた。


 つばきは、モーニングスターを強く抱きしめながら震えていた。俺は彼女の前に立ち、扉の向こうに広がる気配を睨んでいた。


「……つばき。あれ、誰なんだ?」


 彼女は小さく首を横に振る。そして、ぽつりと呟いた。


「教官……昔の、私の訓練担当。名前は……クロノ」


 その名前と共に、扉の外の足音が止まった。そして──


「やあ、つばき。元気そうでなによりだよ」


 その声は静かで、やけに優しい響きを持っていた。だが、どこかで捻じれている。真綿で首を絞めるような、狂気を隠した穏やかさ。


 鉄扉がギィ……とゆっくり開く。


 現れたのは、黒いスーツに身を包んだ青年だった。眼鏡をかけ、髪は乱れ一つなく整えられている。その手には、銀色の懐中時計──スキル装置の一種だ。


「ずっと、君を探していたよ。ぼくの最高傑作。兵装No.4、いや……“つばき”」


 その名を呼ばれた瞬間、つばきの肩が跳ねた。


「……帰ろう? ぼくの研究所に。レンって子も一緒に連れていけばいい。どうせ彼も……“壊れかけ”だろう?」


 俺は無意識に一歩前へ出た。


「帰る場所なんてないんだよ、お前のところには!」


 クロノは穏やかに笑う。その笑顔が、ひどく怖かった。


「なら、ぼくが君を壊して、また一から造り直せばいい」


 その瞬間、彼の懐中時計が光を放った。


【スキル:クロックダウン】【効果:半径10m内の時間減速】


 空気が止まった。動きが鈍くなる。まるで世界がスローモーションに落ちたかのように。


(動けない……!)


 つばきは震え、過去のトラウマがフラッシュバックしていた。


 クロノが近づく。歩みは遅いが、確実に。指先を伸ばすように、俺たちへ手を伸ばしてくる。


(くそっ……このままじゃ……!)


 そのとき、ポケットの中のステータスカードが光を放った。


【共鳴スキル:ERROR共有】【自動防御発動】


 次の瞬間、世界が跳ね返るように弾けた。


 俺の身体が、つばきの前に飛び出す。そして、スロウ効果を突き破るように右手を伸ばし──


「つばき、立て! “名前”で、呼ばれていい存在になろうぜ!」


 その言葉が、彼女の中に火を灯した。


 震えていた手が、ゆっくりとモーニングスターを構える。


「……私は、兵装じゃない。私は……姫崎つばき!」


 叫ぶ声と共に、彼女が動いた。重いはずの武器が、まるで羽のように振り上げられ、クロノのスキル空間を叩き砕く。


 衝撃でスロウ領域が崩れ、クロノが僅かに後退する。


「なるほど……共鳴反応か。ぼくの予想以上だね」


 彼は懐中時計を閉じ、息を整える。


「今日はここまでにしよう。解析が必要だ。“コードX”と“兵装No.4の覚醒”──これは大きな進化だ」


 言い残すと、彼は手のひらに閃光を走らせ、視界から消えた。


 数秒後──空気が元に戻る。


「……消えた……?」


 俺とつばきは、肩で息をしながらその場に立ち尽くしていた。モーニングスターを握るつばきの手は、もう震えていなかった。


「……ありがとう、レン」


「こっちの台詞だよ。お前、マジで強いな」


 照れくさそうに笑う彼女を見て、少しだけ安心する。


 でも、確信した。


 あいつはまた来る。

 そして──この“バグだらけ”の俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ。

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