第3話「実験兵装つばきの過去」

廃倉庫の夜は、ひどく静かだった。


 外からの音はまるで遮断されたように途絶え、時折、風が鉄扉を揺らす音だけが響いていた。


 床の段ボールの上に横になっていたつばきが、寝返りを打ってこちらを見た。


「……起きてたの?」


「うん……なんか、寝られない」


 月明かりが薄く差し込む空間。彼女の瞳はどこか不安げで、でもどこか、安心しているようでもあった。


「レンは、なんで逃げてくれたの?」


「それ、何回目だよ……理由なんて、たぶんないよ。ただ……」


 言葉を探す。


 あのとき、ただ目の前で怯える彼女を見て、「助けなきゃ」って思った。スキルがない俺にできた唯一の行動だった。


「きっと、あの瞬間だけは、俺にとって“ヒロイン”だったんだろうな」


「ヒロイン……?」


「うん。ゲームとか映画でよくあるじゃん。ピンチの女の子を助ける主人公。俺、そんなの一生縁がないと思ってたけど……」


 笑い混じりに言うと、つばきが少しだけ微笑んだ。


「ふふ……でも、うれしかった。あのとき、助けてくれて」


「……そう言ってくれるなら、よかった」


 ふと、つばきがモーニングスターを見つめる。その目が、少しだけ陰る。


「これ、こわくない?」


「え?」


「この武器……“兵装”の証なの。私、国家の実験兵装なんだよ」


 その言葉に、空気が変わった。


「名前も、学校も、家族も、何もなかった。ただ“兵装No.4”。それが私の名前だった」


 彼女の声は、どこか無機質だった。まるで、それを感情と切り離すように語っていた。


「訓練って言っても、ずっと拘束されて、命令されて……。怒鳴られて、叩かれて、従わなきゃスキルを封じられる」


 息を吸って、つばきは続ける。


「そんな中で……一度だけ、名前を呼ばれたことがあったの。“つばきちゃん”って。そのとき、なぜか涙が出てきて……」


「……その人は?」


「もう、いない」


 重く沈む沈黙。だが、その中に確かに、彼女の“人間としての部分”が感じられた。


 俺はそっとポケットからステータスカードを取り出す。光は収まりつつあるが、画面にはまだバグまみれの表記が踊っていた。


 その中に──


【称号:共鳴者】


 さっきまで“候補”だったものが、正式に確定していた。


 そしてその下には、見慣れない表示。


【共鳴対象:兵装No.4《姫崎つばき》】

【スキルスロットリンク:進行中】


(共鳴……って、まさか、彼女と……?)


 俺のバグスキルは、つばきと繋がることで進化する。そんな予感があった。


「……つばき」


「うん?」


「これからは、名前で呼び続けるよ。何があっても。お前は、“兵装”なんかじゃない。俺の──」


 そこまで言いかけた瞬間だった。


 倉庫の壁が、鈍い音を立てた。


 ドン……ドン……と、何かが外から叩いている。


「……誰か、いる」


 俺はすぐさま立ち上がる。つばきも無言でモーニングスターを握る。その顔には、先ほどとは違う緊張が走っていた。


 そのとき、壁の外から響いた声は、静かで、異様に透き通っていた。


「……つばき。君は逃げちゃいけないんだよ」


 ゾクリと背筋が凍った。


 その声は、優しい。でも、どこか歪んでいた。


「君は“ぼくのヒロイン”じゃない。国家のものなんだ」


 姿はまだ見えない。だが、確かに“異常な何か”が外にいる。


 つばきが震えながら呟いた。


「……あの声、知ってる。あれは……」


 風が止んだ。


 静寂の中、足音が近づいてくる。


 “過去”が追いついてくる音だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る