第29話 夕虹
「すごいね。泉さん。満点だよ。よく短時間で頑張ったね」
「やったー終わった!世那やればできる子!」
「この調子で次のテストも頑張ってね」
「はーい。あっ先生これノートです」
「良かった。忘れてなかったね」
「もちろんです」
世那は無事に補習のテストを終えた。赤点を取ったテストを無事挽回することができた。
カーディガンを羽織り教室から出て行こうとする世那。
「そうだ桜羽先生。世那ね、大学じゃなくて専門学校行くことにした」
「そうなんだ。うん。泉さんらしくていいと思うよ」
「私もそう思う。ちゃんと考えて良かったから赤点取ったのも悪くなかったよね」
「赤点はできれば取って欲しくはないかな。でも今回はそういうことにしておくよ」「ふふふ。さようなら」
「さようなら」
桜羽は世那を見送った。一人になった教室で先ほど提出された世那のノートをチェックしていた。ところどころ抜けている箇所はあるがそれなりにまとめられていた。最後のページで桜羽の手が止まった。
そこには先日、自分が教えた和歌が写してあった。微かに残る消しゴムの跡。自分で調べて現代語に訳したようだった。それを見て微笑むと桜羽は丸を付けた。
□□□
廊下に出て世那がスマホを出すと通知が来ていた。あの日以来ヒデから毎日のように連絡がくる。主な内容は「もう一度話し合いたい」というものだった。
「あれ世那?」
「あっ美鈴ちゃんだ!」
「珍しい今から帰るの?」
「もー私古典の補習だったんだよ」
「そうだったね。赤点だったんだっけ」
「満点だったよ!桜羽先生にも褒められちゃった。ふふふ」
「へぇすごいじゃん。というかできるなら最初からやりなよ」
「だって~」
世那と美鈴が廊下を歩いていると、前から琢磨がやって来た。お互い気づきながらも横を通り過ぎていく。しばらく歩いてから世那は振り返り美鈴の顔を除いた。
「美鈴ちゃん声かけなくて良かったの?」
「なんでよ。それに今更なんて声かけるの」
「ん~そうだけど」
「それに私は卒業まで彼氏作らないって決めたの」
「そうなの?こないだまでいい人がいたら付き合うって言ってたのに」
「受験生だから今は勉強に集中しなきゃ!」
「えー美鈴ちゃんっぽくないよ~。もしかしてなにかあった?」
美鈴は視線を泳がせながら世那を見た。ずっと長かった世那の髪が肩まで切られ、より涼しく感じる。数日前ヒデと別れたと聞かされた美鈴。驚きの余り切り出す言葉がなかった。順調だと思っていたのに急な展開だった。けれど当の本人はわりとあっさりしている様子に見えた。
「いや・・・今はちょっと。もう少し気持ちの整理ができてから言う」
「え~なにそれ!気になるよ」
「今は私が無理」
「じゃぁいつならいいの?」
「わかんないっでもいつか・・・それにほら!世那だって別れた理由教えてくれないじゃん」
「世那は理由を教えないんじゃなくて、語彙力がなくて伝えられないのー」
「それと一緒だよ!」
世那が美鈴に抱き着く素振りをすると前方にいろはに似た人影を見つけた。
「いろはちゃんだ!」
「あれ本当だ。なんだ結局三人帰り一緒だったんだ。いろはー!」
二人はまるで競い合うように駆け寄りいろはを追い抜いた。振り返るといろはが目を赤くしていた。鼻の頭も赤くなっている。思わず顔を合わせる世那と美鈴。
「いろはちゃん?」
「どうしたの。いろは」
「・・・ううん。なんにも。なんにもないよ」
泣いていたのは明らかなのにそれを隠そうとするいろは。顔を隠すように俯かせた。
「そっか、そっか!そういう日もあるよね」
「帰ろう!」
「うん・・・」
いろはは小さく頷きながら涙を拭った。そして三人で揃って校門を跨いだ。
いつか大人になったときに
今それぞれが抱えている胸の内を上手く言葉にすることができるだろうか。
例え悲しいことを上手く言葉にできなかったとしても
今のように笑い合っている気がするとそれぞれが思った。
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