第22話 泡沫
夏休みも終わり二学期が始まった。夏の暑さを残しつつも青々と生い茂っていた緑色の葉は少しずつ色づいていく。
「えっ・・・それはどういうこと?」
世那は学校帰りにいつものようにヒデとカフェに来ていた。ざわつく店内の中で発したヒデの一言を聞き返した。聞き取れなかったわけではない。ただあまりにも予想外の言葉に耳を疑った。
「少し距離を置きたくて」
「どうして?」
「・・・世那も受験生だし勉強の邪魔になるようなことはしたくない」
そう言ってヒデは耳たぶをつまんだ。この仕草をするのはなにか隠しごとをしているときだと世那は知っている。
「ウソでしょ?なにか隠してるよね?」
「いやっ別にそんなことはないよ・・・そんなことは」
「まさか浮気?」
「違うっ!」
声を荒らげるヒデに不信感が募った。目の前にあるフラペチーノのクリームが容器から溢れかけている。大好きなチョコレートソースをたっぷりとかけたのに今はそれを気にしている場合ではなかった。
「ごめん・・・」
その詫びはなにに対してだろうか。世那はヒデから目をそらさなかった。
「俺・・・好きな人ができた」
チョコレートソースが溢れて容器を伝っていく。
「私と別れてその人と付き合うってこと?」
「いや。まだそこまでの関係じゃない・・・バイト先の先輩で二つ上の人」
「バイト先の年上?」
「うん。仕事できる人でフォローもよくしてくれてて・・・気づいたらその人のことばかり考えるようになってた。俺こんな気持ちのまま世那と付き合うの申し訳なくて」
「私、今日進路希望出したよ。ヒデ君と同じ大学受けるって。来年からまた一緒の学校だねって話してたばかりだよね」
「俺にもまだわからないんだ。自分の気持ちが。だから・・・だから少しだけ時間が欲しい。ちゃんと考えたいんだ。世那との将来のことも」
ヒデの軽いセリフに思わず鼻で笑いそうになった世那。それを我慢してどろどろのフラペチーノをスプーンですくった。新作のフラペチーノに生クリームとチョコレートソースのトッピング。星形のクッキーは半分以上が沈んでいた。
前にはがっくりと肩を落とした情けないヒデの姿。そうなるのは逆だと内心思ったが世那はあえて言わなかった。ヒデが喜ぶ言葉だけを選んでそれをアウトプットする。
今日、いつもは隣に座るヒデがよそよそしく正面に座った時点でなにかあるとすでに感じ取っていた。
「わかった。少し距離をおこう。私も夏休み遊びすぎて勉強しなきゃだから」
「うん。そうだよね・・・世那ちゃん受験だもんね」
「私ヒデ君のこと信じてるから」
世那がわざと寂しい笑みをヒデに見せると泣きそうな顔になっている。浸ったクッキーを人差し指と親指でつまみ世那はヒデの口に押し入れた。思わず咽るヒデは慌ててカフェオレでクッキーを流し込んでいる。
店内は混雑していてレジには列ができていた。満席の中でどこか空きそうなところはないかとキョロキョロと辺りを見渡す客も数人で始めていた。
「ありがとうございました~またのご来店をお待ちしております」
二人がカフェを出ると辺りは暗くなりかけていた。日が沈むのがずいぶんと早くなった。世那が歩き出すと後ろからヒデに抱きしめられた。
「ゴメン世那」
「どうして謝るの?」
少し苦しさを感じたが世那はなにも言わなかった。腕を振り払いたかったが今にも泣き出してしまいそうなヒデを見てやめた。そんなことをしたらきっと泣いてしまうだろう。しばらくしてヒデが腕を離した。
「・・・また」
「うん。なにかあったら連絡してね」
「世那もね」
世那は小さく手を振ると駅に向かって歩き出した。信号を渡り切って振り返るとヒデがまだ手を振っている。
いつもは飲み切るフラペチーノを今日に限って残してしまったのは、寒くなり始めたこの時期に追加トッピングをしすぎたせいだろうか。世那はヒデに背を向けて構内へ入っていく。
ヒデと距離を置くことに世那は抵抗はなかった。元々過保護くらい一緒にいたがるようなヒデだったので少しくらいの休憩だと軽く捉えていた。
世那が高校一年のとき当時二年のヒデと付き合うようになった。きっかけはおそらく体育祭だった。突然声をかけられたかと思うと連絡先を聞かれた。周りに人もいたし無下にあしらうのも先輩であるヒデのメンツをつぶしてしまいそうだったので連絡先を伝えた。それからすぐお約束のように告白をされた。嫌なら別れればいい。世那は軽い気持ちで付き合いだした。けれど意外にも別れる理由がなく今日まで順調にきていた。
『あぁー俺もとうとう卒業か。もっと世那と学校生活を過ごしたかったなぁ』
『来年からヒデ君いないの世那も寂しいよ』
『だろ~。俺も世那ちゃんに会えないの寂しい。あっそういえば桜羽先生さ結構女子に告白されてるみたいなんだよね』
『へぇそうなんだ。桜羽先生人気だもんね』
『俺も告白されちゃったらどうしよう。でも世那がいるからもちろん断るけどな』
世那が初めて彼氏ができたのは中学一年のときだった。周りが何年何組の誰が好きだとか何部だとかいう話をする前に世那には特定の男の子ができていた。
『世那ちゃんは彼氏がいるからさ、私たちと話してもつまらないでしょう』
『ねぇーでさ、今日連絡してみようか迷ってて』
『しちゃいなよ!』
会話に入ろうとするとそれ以上いれてもらえない。それ以来なんとなく恋愛の話を友達同士でするのに苦手意識を持つようになっていた。
高校に入り少しずつ慣れてはきたがいろはと美鈴意外とはその手の話はしなかった。二人には自分と同じように恋愛の話になるとどこか線引きしているのを感じたからだ。
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