第10話 心象
「はぁ」
駅まで駆け足でくると汗が滝のように流れてきた。改札を抜ける前に体を冷やそうとコンビニに立ち寄った。なにか飲み物でも買おうと飲料水コーナーの前に向かった。冷風が火照った身体を冷ましてくれて心地良さを感じる。
「あれ?美鈴ちゃん?」
美鈴が顔を上げるとそこには数日前に遊んだ他校の男子高校生の姿があった。そういえばあのときも高校が近いと盛り上がったことを思い出した。記憶の中で目の前に現れた男子生徒の名前を辿った。
「俺だよ俺、こないだ涼子ちゃんたちと一緒にバーベキューした」
「うん。もちろん覚えてるよ。有岡君だよね」
「そう!有岡です」
なぜか敬礼のポーズをとる有岡に美鈴は愛想笑いをした。周りをみるとどうやら有岡は一人のようだった。
「嬉しいな~美鈴ちゃん俺のこと覚えてくれてたんだ。連絡しても反応全然ないから俺嫌われたのかと思った」
「そんなことないよ。最近受験勉強で忙しくてさ」
「それなら良かった。受験勉強に根詰めすぎるのもよくないよ。たまには息抜きしないとね」
違和感のあるアドバイスに美鈴の愛想笑いは崩れそうになった。しかし感じが悪いと思われるのも嫌で表情も気持ちも保ち続けた。
きっと自分は人が思っているほど社交的でもなければ器用でもない。みんなで賑やかに過ごすのは好きだがいざ二人きりになると途端に話すテンポがわからなくなる。美鈴は視線を泳がせながらこの場から離れる策を模索していた。
「あっ電車くるみたい。急がないと!ごめん先行くね」
「えっウソ!俺も行くよ」
有岡はコーラを二つ手に取ると自動レジへ先に走った。素早くコード決済で会計を済ませると改札にやってきた。ホームに入ったのはほぼ二人同時だった。逃げ遅れた、内心湧いてきた言葉にため息が零れそうになった。
「あれ?まだこないみたいだよ」
「おかしいな~間違えたみたい。ゴメン」
「美鈴ちゃんって案外おっちょこちょいなんだね」
「そっそうかな。自分ではわからないけど」
「そうだよ。こないだのバーベキューのときもトイレの場所わからなくて迷子になりかけてたし」
「・・・ハハハそうだったね」
「俺は兄妹が多いからさ、そういう子見てると放っておけないっていうか、つい面倒みたくなっちゃうんだよね。はい、これ美鈴ちゃんの分」
「えっでも」
「いいよ。これくらい」
有岡は先ほど買ったコーラの一本を美鈴に渡した。冷えたペットボトルを受け取ると結露した水滴が手のひらを冷やしていく。
隣でグッグッと喉を鳴らしながらコーラを飲む有岡。ぷはーと息を吐くと口元についたコーラを制服の袖で拭っていた。
「あのさ夏休みどっか出かけない?二人で」
「二人?」
「そう。俺、美鈴ちゃんともっと仲良くしたいなって初めて会ったときから思ってたんだ」
ホームに特急列車が入ってきた。突風を巻き上げながら通過していく。ガタガタと激しい音を立てあっという間に消えていく。再び戻ったいつものホームでは次にくる電車のアナウンスをし始めた。
有岡の視線を感じながら気づかないふりをして美鈴は向かい側のホームを見ていた。
「うん。いいよ」
「本当!?本当にいい?良かったー!正直断られるかと思った」
急に綻ぶ有岡の表情。嬉しそうにしている様子を見なくても感じ取れた。美鈴にとってはその場だけの返事のつもりだった。後から断ればいいと思っていたからだ。それをこんなに喜ぶ有岡の姿にチクリと胸が痛んだ。
「どこがいい?行きたいところとかある?」
「えっと・・・考えておくね。探してみる」
「うん!俺は美鈴が行きたいところならどこでもいいから」
いきなりの名前の呼び捨てに戸惑いかけた。けれどそれを言うと面倒に思われそうだとも思った。つい数秒前も抱いた違和感が膨らんだがそのまま有岡の話を流した。
有岡に対しては決して悪い印象はなかった。バーベキューのときも火起こししかしていない男子に比べれば野菜を洗ったり、重い物を持ったりと率先して活躍していた。先ほど兄妹が多いと言っていたことも頷ける。その場を盛り上げるのも上手くこうして話していても会話が途絶えることはない。ただそれが楽しいのか楽しくないのか今の美鈴にはわからなかった。
「そうだ。前会ったときも思ったんだけど美鈴がつけてる香水ってパールホワイトのダブルハート?」
「えっすごい。よくわかったね」
「俺もこの匂い好きなんだ。良い香りだよね。好きな子にはこういう香り付けてもらいたいって思ってたんだ」
美鈴が抱いた有岡の第一印象は中澤琢磨に似ている、だった。
「おっ電車来た。思ったより早かったな。美鈴と一緒だからかな」
有岡がこんがりと焼けた小麦色の肌でにこりと笑うと白い歯が見えた。電車が二人の前で停車した。前に並んでいた数名が電車に乗り込んで行く。有岡もそれに倣って進んでいく。どうやら同じ方面の電車らしい。ホームで待っていたときから薄々思っていたけれどやっぱりそうだった。美鈴はコーラのペットボトルを握り直した。
中に入ると冷風がよく効いていて冷たい風が汗ばんだ体に吹きつけた。辺りを見渡すとところどころに席は空いている。座ろうか迷っていると、有岡はつり革に掴まったまま話を再開させた。美鈴は仕方なく席に座るのを諦めそのまま隣のつり革に掴まった。
「夏って言えばやっぱり海とかプールだけど、こうも暑いと屋内でもいいよな。美鈴は普段友達とはどこで遊ぶの?あっその前に日にち決めようか。来週は・・・って早すぎか。再来週とかはどう?」
「あっ再来週?多分大丈夫。模試とかなければ。一応夏期講習行く予定だから。学校でも集中講座みたいなのあるからそれにも行く予定」
「そうなんだ!美鈴は凄いな~俺は受験生なのになんにもしてない」
「そんなこと言って、有岡君の学校頭良いでしょう」
「俺はそうでもないの~」
有岡が通おう学校は市内でも有名な進学校だった。おそらく勉強をしないの度合いが違うのだろうと美鈴は愛想笑いを続けた。
ふと視線を感じ前の席に視線を落とした。
「「・・・あっ」」
目の前に座る人物と目が合った。気づいたのはほぼ同時だった。
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