なにが「わぁ」だったのか。尋ねかけて、やめた。

@honeboneshi

「わぁ」

「わぁ」女が言った。コーヒーが揺れた。なにが「わぁ」だったのか。尋ねかけて、やめた。変なオーラをまとっていて、不気味で、魅力的な女は、立ち上がって、僕の手を取って、一緒に喫茶店を出た。昼間の、立ち並ぶビル群。曇り空。どこに向かっているかわからない女の後ろをついていく。細い指が僕の手首を握って引っ張る。変な高揚感。早歩きでどんどん進む。通り過ぎる人々にちらちら見られている気がする。


服屋に入った。女は見回して、何かを見つける。三つのカーディガンを比べて、「どれがいいと思う?」と言われた。僕は隣においてあった真っ黒なショールと女を交互に見て、それから女の肩にかけてみると、あまりにも似合ったので、「これがいい」と言うと、女は「アリ」と言った。


だんだん日が落ちる。ビルのガラスに、黒のショールを羽織って軽快に歩く女とその後ろをついていく僕の姿が反射している。二人で公園の噴水の縁に腰掛けると、もう夜。水の音。女は両足をぶんぶん振って、靴を遠くまで飛ばした。僕も真似して両靴を飛ばした。女の顔をのぞくと、目が合う。女は微笑む。突然、僕の腕に強く抱きつき、そのまま、後ろに倒れ、入水。焦って腕を解こうにも、女は手を離さない。視界が揺れる。息がもたない。



目を開けるとベッドの上で、いつもの天井。知らない女の夢。体中が汗で気持ち悪い。月曜の朝。何か朝食を食べようにも、食欲がない。シャワーを浴びて、着替える。さっさと支度を整えて、リュックを背負って、玄関の扉を開けると、だれかがこっちを見ている。あの女。


女は綺麗な笑顔のまま距離を詰めてくると、無言で僕を押して、そのまま玄関の内側まで入ってくる。何かを考える間もなく、僕は尻もちをつく。迫ってくる。女は冷たい両手で僕の耳を塞ぐと、とろけた表情で舌をねじ込んでくる。焦ってすぐに顔を避ける。腹の上に乗った女を足で思い切り蹴ってどかして、全力で玄関から飛び出した。走った。道が溶ける。崩れる。周りの建物が折れ曲がって割れる。蒸発する。太陽がチカチカ点滅して、飛び出したはずの玄関は砂の山になる。雲がどんどん膨張して、包まれて、やがて視界が無くなって、落ちる。落ちる。落下の浮遊感。落ちる。地面が迫る。もう、地面に、ぶつかる、僕の最後の一言の、「  」


コーヒーが揺れた。



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