まんぷく食堂

食堂は今日も様々な客層でにぎわっている

仕事の昼休みであろうサラリーマンもいれば

放課後を謳歌する学生もちらほらといる

表情のひとつひとつを窺い知ることはできないが

皆一様にほくほく顔で食事を口に食わせていることはわかる


注文するものもさまざまだ

メニューはあらゆる境遇を抱えた人が来ることを想定して用意されており、

メニュー表は六法全書よりも分厚い

それでもたまに要望に応えきれず

店主自らが腕を振るうのを楽しみにしている客もいる


この食堂でご飯を食べた者は、順繰りに異形の姿に変わっていく

ある者はフェネットによく似た姿をしていて

ある者は狐によく似た姿をしている

生き物を模したような姿になることが大半ではあるが、例外はある


僕が今までに目撃した例を挙げるならば、万年筆とボールペン

後に話を聞くに、彼らは物書きを生業としているようだった

自意識に重きを置いた気高き人間だったのだろう


ここを訪れる大半の人々は、おおむね自分の趣味とは異なったものにかわっていく

犬好きが猫になることは往々にしてあるし、

生理的に虫を受け付けないと嘆いていた男子学生が

立派な甲虫の姿に変わったのも目撃したことがある


彼らは人が変わったように己の存在を当たり前のものと受け止めていて、

今までの価値観や考え方はどこかに消えてしまったようだった

側から見ている分には恐ろしさを感じることもあるが、

往々にして、僕自身も同じ変容を半ば受け入れてしまっている


人が食べたものによって形作られていくのは然程違和感のない

むしろ自然の摂理として当たり前のことのように思われるし、

そうやって受け入れていくことでしか、生きづらさは拭えないからだ


救いとしてあるのは、食堂を訪れるタイミングが

各個人の自由意志に委ねられている点だろう

そこに干渉しようとする国家プロジェクトや、

瑣末な研究資金で作られた計画などが入れ替わり立ち替わり

表れては消えてを繰り返している

それでもなお、本質を覆すには至らない

譲れない最後の一線は、どのように耳元で甘言を囁かれようとも

変わりはしないようだ

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