詩集『含む』
ちい
プロローグ
遠くへ行きたい
できるだけ自然豊かなところがいい
木漏れ日の大きさを数えたり、
川の流るるに耳を澄ませていられるような
そんな遠くへ行きたい
知る人の面影もどこにもなくて
誰との思い出にも汚されていない
自分だけの杓子定規で世界を眺めて
何もかもをゆがめてしまえるような
水が透き通っているだとか、木々が朽ちているだとか
縄梯子がよれているだとか、看板が曲がっているだとか
さび付いた鉄くずのひとつひとつを慈しむ余裕が持てるくらい
何にも囚われなくていい場所にありたい
報いるべき過去も、奉仕すべき未来の何も考えなくて済む
誰も僕のことを知らないし、誰も僕に関心がない
誰との交わりもなく、誰にも気を遣うことがない
上っ面だけの旅人向けの会話を交わして
些末な失敗も立つ鳥跡を濁さない
何事もない平坦な道を歩いていたい
いつまでもそれでいい
多少の汗は許してやろう、どんな煩わしさもスパイスにしてみせよう
思い出に織り込むことを織り込み済みならば何も恐れることはないさ
すべて過去にしてしまえるなら、何も恥じらうこともないさ
遠くへ、できるだけ遠くへ
今のすべてをこの瞬間に置き去ってしまえるような
愛すべき故郷も、思い出したいことも思い出したくないことも
すべてを含んだちっぽけな地方都市も
すべてすべて蓋をして、特急列車で突き放してしまえ
「今」なんてものは、ものの数時間で過去にしてしまえるものさ
携帯も、かばんも財布も、無駄なものは一つも必要ないさ
安否連絡を残すこともないだろう
ぜんぶぜんぶなかったも同然さ、失いたくないものこそ捨ててしまえ
そして居なかったことになって
声も何も聞こえなくなって
電車に揺られる音だけが空っぽの体の中をこだましている
転々と居場所をかえて、点々と続かない日々を思い返して
何か書き留めることがないかと思い返してみても、
何も書き留めるべきことなどなくて
それでも今に吊られる身であるうちは、
なんら支障のひとつもありはしない
だから遠くへ、できるだけ遠くへ
ここではない場所へ、いつまでも
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