第10話 寝室
分かっていたけど本当に同じ部屋で眠るのね。
ここで私達は毎夜を過ごす事になるのだろう。実際にその部屋を見せられるとエディングと夫婦となる事を余計に意識させられる。
上手くやれるのかしら。
不安になっているとこちらの気など知らないエディングが口を開いた。
「今日は君一人で使ってくれて構わない。私は自分の部屋にあるベッドを使う」
「エディの部屋ですか?」
「あぁ、そうだ。こっちにある」
朗らかに頷いたエディングは私の部屋と真逆の方に向かって歩き出した。寝室の中にある黒い扉を開けると黒基調の部屋が存在していた。
さっきの部屋は私の私室。寝室を通り抜けた先にある部屋と言ったら一つしかない。
「ここは私の私室だ。執務室として使えるように整えてある」
エディングの答えは私の予想通りのものだった。中を覗くと端に設置されている簡易ベッドが目に入る。
どうしてベッドがあるのかしら。
寝る為だろうけど隣は寝室なのだ。そちらで寝れば良いのに。
「ある貴族の男に聞いたのだ」
「なにをですか?」
「妻と喧嘩をしたら寝室を追い出される、と。だから用意させた」
予想外の答えに笑ってしまいそうになった。
そういえばお父様もお母様と喧嘩した時に寝室を追い出されていたわね。あの時は夜通し扉の前で許しを請う事になっていたっけ。
ふと懐かしい記憶が甦る。恥ずかしそうに顔を赤らめるエディングに少しの悪戯心が芽生えた。
「それでは喧嘩した際は遠慮なく追い出しても構わないと言う事ですね」
「うっ…。レイがそうしたいのなら構わない」
「ふふっ。怒らせないように気をつけてくださいね」
「結婚後にここで寝る事がないように最善を尽くそう」
皇子様相手に本気で怒れるわけがないのに。やっぱり悪い人ではなさそうね。
冷酷ってわけでもなさそうだけど今は結婚前でご機嫌取りをしているだけかもしれないから気は抜けない。
「執務室として使うのならあまり訪れない方が良いですよね?」
公務の邪魔をするわけにはいかないし、ここを訪れるのは必要最低限の頻度になりそうだ。それなのにエディングから返ってきたのはこれまた予想外の台詞だった。
「何を言ってるんだ。君ならいつでも出入り自由だぞ」
この人こそなにを言ってるのかしら。
普通に考えたら公務の用事以外で来るなと言うべきところだ。遠回しにお茶でも淹れに来いとお強請りされているのだろうか。確かに夫を労うのも妻の役目の一環だと思うけれどそれを求めるような人なのかも分からない。
「むしろ会いに来て欲しい。特に書類仕事が溜まっている時に会いに来て貰えると嬉しいのだが嫌か?」
書類仕事が溜まっている時に訪れたら苛立たせてしまうような気がするのだけど。どう答えたら良いのか分からず反応に困っていると後ろから抱き締められてしまう。
「疲れた時の癒しが欲しいんだ」
耳元で囁くように言われる。
「私に会っても癒しにならないと思うのですけど…」
「そんな事はない!レイの顔が見れるだけで十分癒される」
私は人に癒しを与えるような顔じゃないわ。
おっとり顔の母に似ていたら癒しにもなったのだろうけど残念ながらその遺伝子は兄が持って行ってしまった。父に似た私は悪くはない顔立ちだけど吊り上がった目元のせいか冷たく見えてしまうらしい。
見てるだけなのに睨まれてるって勘違いする人がいるのよね。
「だから顔を見せてくれ。ずっと居てくれても構わない」
流石にそれだけはない。夫とずっと一緒というのは息が詰まりそうなのでお断りだ。私は出来る限り自由でいたいから。
「それではお邪魔にならない程度に訪れさせてもらいますね。なので…」
早く離してくださいと言おうとしたのにそれよりも前に「君を邪魔に思う事はない」と返されてしまう。
邪魔になるならないの話じゃない。用もなく執務室に訪れる事自体がそもそも間違っているのだ。
「それならお茶休憩の際にお会いしましょう」
「ふむ…」
仕事にならないようにするための最善策を提示するとエディングは考え込むような声を漏らした。顔が見えないからなにを考えているのかさっぱりだ。
「毎日来てくれるか?」
「えっ…」
「嫌なのか?」
「い、いえ、大丈夫ですよ」
さっきみたいな子犬のような顔をされたら嫌だから受け入れるしかなかった。
一日一回くらいなら、少しの時間だったら邪魔にもならないでしょ。
肩に回った腕が解かれてぐるりとエディングの方を向かされる。そこには嬉しそうに笑う彼の姿があった。
「茶は君が淹れてくれると嬉しいのだが迷惑か?」
「皇城の侍女に比べたら大した腕ではありませんよ」
王国内だったら褒められるだろうけど帝国だときっと侍女よりも少し劣るレベルだ。
「それでも構わない。レイが淹れてくれる事に意味があるのだから」
「それなら構いませんけどお口に合わなくても文句は言わないでくださいね」
「勿論」
楽しみだと笑うエディング。不味いものは飲ませられないから一度皇城の侍女に淹れ方を教えてもらった方が良さそうだと心の中で決めた。
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