第2話 侍女の心配
父との話を済ませて自室に戻る。
一ヶ月後にはシュテルクス卜帝国の皇子と結婚しなければならないと聞かされたところで実感が湧かない。
なにから準備したら良いのかしら。
迷っていると専属侍女であるウィノラがやって来る。
「レイ様、旦那様とのお話は終わられたのですか?」
「ええ。私、一ヶ月後に結婚する事になったわ」
「そうですか。ご結婚……は?」
カーペットになにかがぶつかる音が鳴った。床を見ると髪を梳かす櫛が転がっており、つい先程までそれを持っていた人物は呆然と鏡越しに私を見つめている。
いきなり結婚の話は不味かったかしら。
小さな声で「ど…」と漏らしたウィノラは櫛を拾おうとした私の肩を掴み、屈めていた体を起こしてくる。
「どどどどういう事ですか!誰が誰と結婚するのですか!」
ウィノラは目を血走らせ声を荒げながら私の体を揺さぶってくる。
こんなに感情的な子が屋敷の中では冷淡無情な人物として扱われているのだから不思議な話だ。
「こーら落ち着きなさい」
「落ち着いていられますか!私の大切なレイ様が見ず知らずの男に穢される!」
穢されるって…。
相変わらず私の事が好きで堪らないらしい。
元々ウィノラは父が経営する孤児院に居た女の子だ。父親が詐欺にあって母親と弟を道連れに一家心中。偶然友人の家に遊びに行っていたウィノラだけが助かったのだ。
人に騙された両親の末路を知っているからこそ人が信じられなくなった女の子。
無表情で無口。なにを考えているのか分からない性格から孤児院内では疎遠にされがちだった。
誰にも馴染めて居ないのが可哀想だと思って構い倒した結果、散々鬱陶しがられたのは今でもいい思い出だ。
段々と心を開くようになってくれたのは良い。ただ重度の私好きになったのは計算外だった。
「相手は見ず知らずの男じゃなくてシュテルクス卜帝国の第二皇子よ」
「なっ…。て、帝国に行かれるのですか?」
「そうよ。一ヶ月後には向こうについていないといけないから早く準備をしないと」
前々から結婚の準備をしていたならそう言ってくれたら良いのに。どうせ拒否出来ないんだから。
「皇族との挙式が一ヶ月後って大丈夫なんですか?向こうに行った途端に蔑ろにされませんか?」
「さぁ、分からないわ。でも、拒否出来ないから行くしかないわよ」
王女の身代わりとして招かれるなら帝国としては大事に扱ってくれるだろう。ただ夫となる人に蔑ろにされない保証はない。
籍を入れて子を授かれば私はお役御免。おそらく放置されるだろう。元々結婚する気がなかった身としては冷たくあしらわれても痛くも痒くもない。ただ閨事に関しては優しくしてほしいものだ。
「本当に行かなくてはいけないんですか?」
「相手は帝国の皇族なのよ。拒否しようものなら国際問題に発展する可能性があるわ」
伯父である陛下に迷惑をかけるわけにはいかない。
これまでも散々迷惑かけてきたのだから。
私の言葉にしゅんとするウィノラ。申し訳ない気持ちになっていると顔を上げて勢い良く自身の胸を叩いた。
「それなら私もついて行きます!良いですよね?」
「えーと…」
連れて行っても良いのかしら。
おそらく侍女一人なら許してくれるだろう。
ただ向こうが勝手に侍女を用意している可能性がある。仮に連れていけたとしてもウィノラが馴染めるかどうか分からない。
「先方に許可を取ってからね」
私の言葉にウィノラは満面の笑みを浮かべる。
「許可がなくても勝手について行きますけどね」
大きな問題を起こさない為にもなにがあっても許可を取るようにしようと思った。
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