冷酷と噂される夫ですが私には甘々なようです
高萩
第1話 断れない縁談
「お父様、今なんて…?」
父デレックの発言が理解出来ず聞き返せば、父は苦い顔で目を逸らす。
「隣国の第二皇子がお前を娶りたいと言ってきた」
青天の霹靂とはこの事を言うのだろう。
どうして隣国シュテルクス卜帝国の第二皇子が私を娶りたいと言い出したのだ。
「どうしてもお前を嫁に欲しいそうだ」
追撃は要りませんわ、お父様。
「すまない、レイ。今回ばかりは私も断れそうにない」
とどめを刺された私はそのまま気を失った。
私の名前はレイチェル・エルゼ・ツァールト。
緑豊かな国ベシュトレーベン王国にある公爵家の娘。結婚が面倒だと感じていた私は来る縁談を全て親の権力で握り潰してもらっていた。結果、女性貴族の結婚適齢期である十七歳を五年も過ぎている。周りには行き遅れだのなんだの言われてるけど自由ある生活の方が良いに決まってる。
親の力を使って結婚から逃げ回っていた罰が下ったのか私にやって来た縁談は絶対に断る事の出来ないものだった。
「目が覚めたか?」
ソファーに横になっていた体を起こし、ぼんやりした頭を振り払うように横に振ってから父の顔を眺めた。
「お父様、私変な夢を見ました」
「言っておくが皇子との結婚話は夢じゃないぞ」
ちょっとくらい夢を見させてくれても良いでしょう。私だって本気で夢だったなんて思っていませんよ。
父を睨むと申し訳なさそうに眉を下げられた。
「私だって可愛い可愛いレイの願いを叶えてやりたい。でも、無理だ。諦めてくれ」
両膝に手を置いて深く頭を下げる父に「分かっておりますわ」と返事をする。
縁談相手がベシュトレーベン王国内の貴族だったら断る事も容易いが今回は違う。
王国の友好国である隣国シュテルクス卜帝国の第二皇子様が縁談の相手なのだ。
いくら娘に甘い父でも断る事は不可能である。そして伯父である国王陛下も許してはくれないだろう。
「もちろんお引き受けしますわ」
悲しんでも嫌がっても断る事も逃げる事も出来ない。白旗を出すしか選択肢が残っていないのだ。
私が折れた事で父は安堵と哀傷が入り混じった複雑な表情を浮かべた。
私が嫌がらなかった事に対する安心と愛娘を他国に送り出さないといけない哀しみから来ているのだろう。
深く息を吐いた父は真っ直ぐこちらを見つめてくる。
「では早速準備をしてくれ」
「え?今からですか?」
問いかけると父は小さく頷いた。
顔合わせをしてその席で婚約を結ぶのだろう。
こちらがシュテルクスト帝国に嫁ぐのだ。顔合わせが向こうで行われても不思議じゃない。
それにしても婚約を急ぐ理由がなにかあるのだろうか。
疑問に思っていると父から予想外の事を言われる。
「一ヶ月後には婚儀が執り行われる。遅れるわけにはいかない」
はいと頷きそうになったところでぴたりと固まった。
婚儀?どういう事?
「こ、婚約の間違いですよね?」
「婚儀で間違いない」
険しい表情を見せる父に偽りはなさそうだ。
一ヶ月後に婚儀って嘘でしょ…。
皇族の結婚というのは一年以上の準備期間を経て大々的に執り行われる。短く出来たとして最低でも半年の準備期間は必要となってくるはず。
それなのに今回は一ヶ月で婚儀を執り行うらしい。前代未聞過ぎる。
相手はなにを考えているのよ。
「お前が驚くのも分かるがどうやら既に準備が進められていたらしくてな」
「本人の知らないところで…」
無茶苦茶ね。最初から断らせる気ゼロじゃない。そもそも断る可能性を全く考えてなかったのね。皇族様ですものね。
「そもそも第二皇子はどうして私を望むのですか?」
いくら公爵令嬢であっても私は行き遅れだ。
皇族なら若い令嬢を望めば良いのに。私を選ぶ意味が理解出来ない。私の問いかけに父は首を振って「分からない」と答えた。
どうやら父も聞かされていないらしい。
「私が王族の血族だからですかね」
「その可能性は高いな」
友好国同士。仲を深める為にも王族、皇族同士の婚姻は普通にあり得る事だ。
ただベシュトレーベン王国の王女殿下、私の従妹はまだ十歳と嫁げる年齢じゃない。王女の代わりに国王の姪に当たる私を所望したといったところだろう。
だからっていきなり過ぎでしょ。もっと前に言いなさいよ。
文句は山程あるが断る術がない私には結婚する選択肢しか残されていない。覚悟を決めるしかないのだろう。
「レイ、顔が怖いぞ」
「怒ってますもの」
淑女たるもの表情管理は完璧に、決して感情を表に出してはいけない。
幼い頃からそう言われてきたけど今回ばかりは仕方のない事だ。
これも全部、最悪な皇子様のせいよ。会ったら文句言ってやるんだから覚悟しておきなさい。
「と、とにかく幸せになれ」
諦めた様子の父に溜め息しか出なかった。
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