「影に追いつかれる」

人一

「影に追いつかれる」

 子供の頃って、自分の影がなんか怖かったよな。

どれだけ走っても走っても、ピッタリと自分の足にひっついてくる。

それが、怖いったらありゃしない。

 日陰に入って影を「倒した」と思いきや、日向にでると忌々しい影が顔を出す…

でもいつから、影が怖くなくなったんだろうな?…あんたは覚えてるか?


「暑い…」

 そうつぶやくのは俺、田沼健司35歳絶賛外回り営業中のサラリーマンだ。

俺は年の割に怖がりだ。なんてたって同僚に脅かされて腰をぬかすくらいだ。…それもさっき。

 同僚はそんな俺をからかって遊ぶ。苦労が絶えない日々だ。

「あぁ、あいつ外回り前に怖い話しやがって…なにが変な形をした影を見たらそれと入れ替わるだ。そんな話をされたら、自分の影がどうしても気になるだろ。」

「いや、忘れよう。震えていたら仕事にならないからな。」

 そう言い忘れようとするが、やはり影が気になってしまう。

「…気になって仕事にならない。変な話をされてビビってるだけで、影なんて変わるもんでもない。――確認してさっさと仕事に戻ろう。」

 自分の影に視線を落とすが…なんだか、違和感を感じる気がする…

「……俺の影って、こんな形だったっけ?いや、自分の影なんてまじまじと見ることなんてないし、変に感じてるだけか。だとしても、なんか変に感じるけど…まぁいいか。」


 そう言いながら顔を上げまばたきをした瞬間――

「…あれ?ここは…?」

 なんで誰もいないし、何も聞こえないんだ?

 ――視線の先に光が差している。まるで世界にぽっかり空いた窓のようだ。

 「あそこ…行ってみるか。」


 俺は驚愕した。いや驚愕なんて言葉では到底表せなかった。そこには俺の姿が映っていた。

「おい!何やってんだ!お前誰だよ!どうしてそこにいるんだ!聞こえてんのかよ!」

 光の向こう側の俺が一瞬こちらに目を向けて笑った気がした。

…いや、そんなまさかな。

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「影に追いつかれる」 人一 @hitoHito93

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