あの日、屋上で出会った人

三角海域

あの日、屋上で出会った人

死のうと思いビルの屋上へ行ったのだが、先客がいた。

いや、先客って表現はおかしいか?

けど、そういう用でもない限りこんなとこにはこないだろう。

「ん? 君も死にに来た人?」

やっぱりそうだった。

「こういうのって順番あんのかね?」

そんなこと聞かれてもわからない。身近に死のうとしてる人なんていないし。ていうか、聞けないんじゃない? だって、死んじゃうわけでしょ、順番きたら。

「ごめん、わかるわけないよな」

おじさんはそう言ってたばこに火を点ける。


「あのさ、おじさん結局死ねなかったんだよね」

急に自分語りがはじまった。

「だからといって君に死ぬなとかいうつもりはないよ? おじさんもね、死ぬのやめたところでどのみち死ぬんだよ」

「どういう意味ですか?」

「あ、しゃべってくれるの? ありがとね」

「いや、別に話したくないから黙ってたわけじゃなくて……ていうかそんなこといいんですけど、どういう意味か教えてくださいよ。病気とかですか?」


「いや? おじさんヤバいとこから金借りててさ。どのみち逃げきれんくて殺されちゃうと思うんだよね」

さらっととんでもないことを言う。

「んで、殺されるのもこわいし自分で死のうと思ったわけ。ここさ、おじさんが金借りてるやつらの持ち物なんだよ。ここから飛び降りたら迷惑かなってね」

「でも、死ねなかった?」

「そう」

「こわくなったんですか?」

「いいや。どうでもよくなった」

「どうでもいい?」

「そう。なんかさ、力抜けちゃったんだよね。俺の人生なんだったんだろうって」

たばこの煙を空に吐き出しながらおじさんは言う。


「君はなんで死のうと思ったの?」

おじさんが問う。

「学校で……いろいろあって」

「そっか。じゃあさ、おじさんが君を傷つけたやつ殺してあげようか?」

あまりにも自然にそう言ったので、その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

「おじさんさ、たぶん〈無敵の人〉ってのになったと思うんだよ。いまならなんだってできると思う。もちろん君の名前は出さない。ていうか、そのあとおじさんは死ぬからさ」


「……いいです」

「どうして? 死んでほしいと思わないの?」

「思います。思いますけど、それは違います」

「死ぬほど苦しんでるのに?」

「呪いとかそういうので殺せるならいくらでもやります。けど、暴力であいつらをどうにかしたら、あいつらのやり方を肯定するみたいでいやです」

「けど、連中は君が死んでもとくにダメージは受けないよ? 悔しくない?」

「……悔しいです」

「君、いい子だよ。死ぬ場所にここを選んだの、下に人がいることがほとんどないからでしょ?」

その通りだった。けど、それが「いい人」だからだとは思えない。


「あのさ、おじさんは多分殺されるんだけどさ。ニュースになると思うんだ。こういう殺しってなんてことない殺人事件を装うものだから」

「なんてことない殺人事件なんてあるんですか?」

「他人にとってだいたいの殺人がなんてことないものじゃない?」

言い返せなかった。

「でさ、おじさんが殺されたのをニュースで見かけるまでは死ぬの待ってみない? いや、それがなんの解決にもならないのはわかるし自己満足なんだけどさ、ここで会ったのもなんかの縁だと思ってさ」


意味が分からない。けど、なんだかいろんなことが起きすぎて、自分の頭もおかしくなったのかもしれない。

そもそも、あんなやつらのクソみたいないじめのせいでどうして自分が死なないといけないんだ。

もうどうでもいい。

生きてやる。

連中の全部を暴力以外で否定してやる。

今にみてろクソ野郎ども。


「どう?」

「いいですよ」

自分でも驚くほどすぐに肯定の言葉が出てきた。

「ありがとう。じゃあおじさん帰るけど、君はどうする?」

「帰ります。てか死ぬのやめたら急に怖くなっちゃって。雰囲気ありすぎ」

「わかる。なんか嫌な感じだよなここ」


ビルの外に出るとおじさんは「じゃあね」と言い去っていった。殺されることが分かっているのに足取りは軽かった。


それから数週間が経つ。

いじめはなくなった。ヤバい奴認定されて周りに人もいなくなったがそれでもかまわない。すっきりだ。

あれからおじさんのことをニュースで探すのが日課になってしまった。ちなみにまだニュースにはなっていない。


もう死ぬ気はないが、生きる理由も特にはない。

けど、おじさんとの約束がある。

こんなことでも死なない理由になるんだなとおかしくなる。

しばらくは生きていくことになりそうだ。

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あの日、屋上で出会った人 三角海域 @sankakukaiiki

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