第3話 闇の暗号

ロンドンの郊外、霧に覆われた工業地帯。放棄されたデータセンターの外壁は錆びつき、冷却の草がコンクリートの隙間を埋めていた。シャーロック・ホームズは、黒いフーディに身を包み、静かに建物に近づいた。リュックにはラップトップとポータブルWi-Fiルーターが入り、彼の「武器」はコードと頭脳だ。ジョン・ワトスンはベーカー街のフラットで待機し、ホームズの指示でグレッグ・レストレードのサイバー犯罪対策チームと連絡を取っていた。

「シャーロック、単独行動は危険だ。レストレードのチームが1時間後に到着する。待てよ!」ワトスンの声がイヤホンから響いたが、ホームズは無視した。「ジョン、時間がない。ルーシー・フェリアは今、デジタルな罠を仕掛けている。彼女を止めるには、僕が先に入るしかない。」

データセンター内部は、埃っぽい空気と冷却ファンの唸りが支配する迷宮だった。無数のサーバーラックが並び、点滅するLEDが薄暗闇を照らす。ホームズはWi-Fiスキャナを起動し、ルーシーの端末が発する暗号化信号を追跡。奥のサーバールームで、モニターの光に照らされた人影を見つけた。ルーシー・フェリア、alias エノック・ドレバーだ。

彼女はキーボードを叩き、オアシスのバックエンドにアクセスしていた。ホームズは自身のラップトップを展開し、ルーシーの端末にリモートで侵入。彼女の画面にメッセージを表示した。「ルーシー、ゲームは終わりだ。ジェファーソン・ホープを殺した理由を話せ。」

ルーシーは一瞬手を止め、モニターを睨んだ。「シャーロック・ホームズ。あなたの評判は本物ね。こんな古いサーバーまで追ってくるなんて。」彼女の声はスピーカーから響き、疲れと怒りが混じる。「ホープは私の人生を壊した。妹のレイチェルを死なせた。」

ルーシーは5年前の出来事を語り始めた。ホープのフィッシング詐欺で、彼女の家族は貯金を全額失った。レイチェルは重い心臓病を患っており、治療費が払えず亡くなった。ルーシーは絶望の中、サイバーセキュリティを独学で学び、ホワイトハッカーとして活動しながらホープを追跡。ついにオアシスで彼を見つけ、VRセッションをハッキングしてニューラルインターフェースに過負荷信号を送り、心停止を誘発した。

「RACHEはレイチェルの名前だった。彼女の名を刻む前に、ホープが死んだ。」ルーシーの声は震えていた。「あなたなら、私の痛みがわかるはずよ、シャーロック。あなたも正義の外で戦ってる。」

ホームズはイヤホン越しに答えた。「君の動機は理解できる。だが、復讐はレイチェルを戻さない。ホープの死は、君の傷を深めただけだ。」

ルーシーは苦笑した。「傷? 私の心はもう死んでる。ホープを殺した瞬間、初めて自由を感じた。」彼女はキーボードを再び叩き、オアシスの別のセッションにアクセスを試みた。「まだ終わらないわ。ホープの仲間、スタンガソンがいる。彼も詐欺に関わってた。」

ホームズはルーシーのコードをリアルタイムで解析。彼女がスタンガソンのVRセッションに侵入する準備をしていることを確認した。「ルーシー、スタンガソンを殺しても何も変わらない。君のコードは完璧だが、目的は空虚だ。」

ルーシーは一瞬沈黙し、答えた。「完璧? あなたに褒められるなんて光栄ね。でも、シャーロック、なぜ私を止めるの? あなたは警察じゃない。ホープみたいなクズを始末する私を、応援するべきじゃない?」

「君を救うためだ。」ホームズは静かに言った。「復讐の連鎖は君を壊す。レイチェルはそれを望まない。」

その時、データセンターの入り口で物音がした。レストレードのチームが到着したのだ。ルーシーは素早くサーバーをシャットダウンし、バックドアプログラムを起動。彼女の端末は自己消滅コードを実行し、データが消去された。ホームズが近づく前に、ルーシーは非常口から姿を消した。

ホームズは彼女の端末に残された最後のログを回収。そこには、暗号化されたメッセージが隠されていた。「Rachel, I’m sorry. But it’s not over.」

フラットに戻ったホームズは、モニターにルーシーのメッセージを表示した。ワトスンは心配そうに尋ねた。「シャーロック、彼女を逃がしたのか? レストレードが激怒してるぞ。」

「逃がしたんじゃない。彼女はまだ戦うつもりだ。」ホームズはオアシスのセキュリティチームに連絡し、スタンガソンのアバターを監視するよう指示。「ルーシーはスタンガソンを狙ってる。僕が彼女を止める。」

ワトスンはコーヒーを差し出し、言った。「シャーロック、ルーシーを止めるのはわかる。でも、なぜ彼女と話そうとするんだ? ただ逮捕すればいいだろ?」

ホームズは窓の外の霧を見つめた。「ジョン、彼女は犯罪者だが、被害者でもある。コードの裏には、彼女の心がある。それを無視すれば、僕もホープと同じになる。」

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