第11話

ルナを保護してから数日が経った。騎士団宿舎の一室で、俺たち三人の生活が始まった。セシリアはルナの世話に甲斐甲斐しく、まるで実の姉のようだった。風呂に入れたり、俺の服を着替えさせたり、俺よりよっぽど手際がいい。ルナもセシリアには少しずつ慣れてきたものの、やはり俺の隣を離れることはなかった。


「お兄ちゃん、これ読んで」


ルナが絵本を俺に差し出す。セシリアがどこかで買ってきてくれたものだ。俺が下手くそな読み聞かせを始めると、ルナは目をキラキラさせながら聞き入っていた。


「むかしむかし、あるところに、可愛いウサギさんがいましたとさ」


俺が読み上げると、ルナは俺の腕にしがみつき、じっと絵を見つめる。


「ウサギさん、お花畑、きれい……」


ルナの無垢な言葉に、俺の心が温かくなる。この子の笑顔を見ると、本当に救われる。



その日の午後、宿舎の部屋にノックの音が響いた。


「はい、どうぞ」


俺が声をかけると、ドアがゆっくりと開き、そこに立っていたのはリリアだった。両手には、紙袋を提げている。


「ケンタさん、セシリアさん、こんにちは!今日の依頼の報告に……って、あら?」


リリアは部屋の中を見て、目を丸くした。俺の隣に座っているルナの姿に気づいたのだろう。ルナは、見慣れないリリアの姿に、俺の背中に隠れるように身を寄せた。


「リリア、どうしたんだ?そんなに驚いて」


俺が尋ねると、リリアは信じられないといった様子で、ルナを指差した。


「あの……その可愛い女の子は……どちら様ですか……?」


リリアの声は、どこか震えていた。俺は苦笑いしながら、簡単にこれまでの経緯を説明した。森でルナを見つけ、保護したこと。そして、記憶をなくしていること。


リリアは俺の話を聞き終えると、すぐにルナの方へと歩み寄った。


「まぁ!大変でしたね……。もう大丈夫ですよ。私がいますからね!」


リリアは優しく微笑みかけ、ルナの頭をそっと撫でようとした。しかし、ルナはびくりと体を震わせ、俺の服にしがみついた。


「大丈夫だよ、ルナ。この人はリリア。俺たちの専属受付だ。優しい人だから、怖くないぞ」


俺が言うと、ルナは恐る恐る顔を上げた。その瞳がリリアと目が合った。ルナはまだ少し警戒しているようだったが、リリアの優しい笑顔に、次第に緊張を解いていく。


「……リリア、お姉ちゃん……?」


ルナがか細い声で尋ねると、リリアは顔をぱっと輝かせた。


「そうよ!私がリリアお姉ちゃんだよ!ルナちゃん、怖くないからね。何か欲しいものとかあるかな?お菓子とか、おもちゃとか?」


リリアは紙袋の中から、色とりどりの可愛らしいリボンや、小さな木彫りの人形を取り出した。ルナの目が、それに釘付けになる。


「これ……くれるの?」

「もちろんだよ!ルナちゃんが元気になったら、もっといっぱい買ってあげるからね!」


リリアはそう言って、ルナにリボンを渡した。ルナは恐る恐るそれを受け取ると、小さな指でリボンをいじり始めた。


セシリアは、そんな光景を静かに見守っていた。彼女の表情には、かすかな笑みが浮かんでいる。


「リリア、助かる。この子も、少しずつこの環境に慣れてくれるだろう」


セシリアが礼を言うと、リリアは嬉しそうに頷いた。


「はい!私にできることなら何でも言ってくださいね!ルナちゃんは、私にとっても大切な家族ですから!」


リリアはそう言って、ルナの頭を優しく撫でた。ルナも今度は拒否することなく、その手に身を任せている。


賑やかになった宿舎で、ルナは俺に常に寄り添い、俺もまたルナの世話を焼くようになる。まるで親子のような関係に、俺は穏やかな喜びを感じた。



ある日、ルナが森で摘んできた小さな花を俺の手にそっと握らせてくれた。


「お兄ちゃん、これ、あげる」


ルナは照れたように俯きながら、花を差し出す。その小さな花は、俺の心を温かく包み込んだ。また別の夜には、絵本を読み聞かせているうちに、ルナは俺の膝の上で安らかな寝息を立てた。その寝顔を見ていると、俺の心に安らぎが訪れた。

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