第9話
リリアが専属受付になってから数週間。俺たち『白銀の剣』は、ギルドでの評判も上々で、順調にクエストをこなしていた。セシリアの剣技は冴え渡り、俺もサポート役として少しは役に立てるようになってきた。パーティーランクは着実に上がり、今ではベテランの冒険者でも尻込みするような依頼もこなせるようになっていた。
◇
そんなある日、俺たちは危険度が高いとされている森の奥深くに現れた魔物の掃討クエストを終え、王都への帰路についていた。
「これで今回の魔物討伐も完了だな。疲れたぜ、セシリア」
俺は肩を回しながら言った。数日間の森での滞在で、さすがに体に疲労がたまっている。
「当然だ。だが、これでまた一つ、実績を積んだ。ギルドへの報告も滞りなく行えるだろう」
セシリアはいつものように淡々としているが、その表情にはかすかな達成感が滲んでいた。
森の中を王都へ向かって歩いていると、ふと、木々の根元に小さな影を見つけた。
「おい、あれ……なんだ?」
俺が指差す方向を、セシリアも視線を向ける。そこにいたのは、倒れている幼い少女だった。薄汚れた服を身につけ、小さな体は震えている。こんな危険な場所に、なぜ子供が。
「おい、大丈夫か!?」
俺は駆け寄った。セシリアもすぐに後を追ってくる。少女はぐったりとしていて、意識があるのかないのかも判別できないほどだった。息はしているが、顔色は青白い。
「どうする、セシリア?このまま放っておくわけにはいかないだろ」
「ああ、分かっている。だが、ここは魔物の気配が残っている。油断はできん」
セシリアが周囲を警戒しながら冷静に判断した。しかし、目の前の少女を見捨てることなど、俺にはできなかった。その時、少女がうっすらと目を開けた。そこには、何の感情も映し出されていない、がらんとした瞳があった。だが、その瞳と俺の目が合った瞬間、脳裏にあの感覚が走った。
「スキル『魅了』が発動しました」
次の瞬間、少女の無垢な瞳に光が宿った。少女はゆっくりと手を伸ばし、俺の服の裾をぎゅっと掴んだ。その小さな手は、泥と土で汚れていた。
「……お兄ちゃん」
か細い声が、森に響いた。俺は驚いて、少女の顔を覗き込む。
「混乱しているな」
セシリアが冷静に判断した。少女は俺の服を掴んだまま、離れようとしない。その小さな手は、俺の指を握りしめ、まるで親鳥に甘える雛鳥のようだった。
「私は……ルナ。記憶がないの……お兄ちゃん、どこにも行かないで……」
ルナと名乗った少女は、俺の腕にしがみついて、震える声で懇願する。俺の魅了スキルが、これほど幼い子供にまで作用するとは思いもしなかった。しかも、こんなに一瞬で。
「分かった、分かったから。もう大丈夫だ。俺が守ってやるからな」
俺はルナを抱き上げた。その体は驚くほど軽かった。骨と皮ばかりで、ろくに食べてもいないのだろう。ルナは俺の胸に顔をうずめ、安心したように息をつく。
「セシリア、この子を連れて帰る。クエストは終わったばかりだけど、急いで王都に戻ろう」
俺が言うと、セシリアは頷いた。
「仕方ない。無関係の人間を見捨てるのは、騎士としての誉れではない」
セシリアはそう言って、王都への道を再び歩き出した。ルナは俺の腕の中で、すやすやと眠っている。俺はルナを抱きかかえ、セシリアと共に王都への道を急いだ。
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