大阪府浪速区狙撃手
通りすがり
第1話:浪速区狙撃手
大阪府大阪市浪速区。
心斎橋と天王寺の狭間。ネオンが騒ぎ、汗の混じった空気と焼けたタコ焼きの匂いが混ざる街。
だが、そんな表通りの賑やかさの裏側──誰にも知られぬ闇が存在する。
人呼んで
そこで今日も、ひとつの命が、静かに落ちる。
ガタン、と遠くで貨物列車の音が響いた。
高架下のコンクリートに伏せた黒い影が、わずかに身じろぎする。
影の主は、まだ若い。制服の上に黒いジャケットを羽織り、深く被ったキャップの下からは冷たい瞳が覗く。
その目が、まっすぐにスコープを覗き込んでいる。
名を
だが、浪速裏界では知らぬ者のないスナイパー。
それが裏界で彼に付けられた異名だった。
「狙ったら、外さん。──せやから、俺は“証(あかし)”なんや」
目の前のターゲットは、暴力団『
警察も泳がせていた凶悪犯。複数の殺人容疑がかけられているが、証拠も証人も揃わない。
だが、“証”の弾は──それそのものが証明だ。
高架下の陰、証は静かに姿勢を低くし、息を殺す。
目線の先、雑居ビルの屋上でターゲットが煙草を吹かしていた。部下らしき男たちと談笑している。
「風速、南東2.3メートル。距離、118メートル。湿度、64%……」
指先が滑らかにスコープの焦点を調整する。
照準が、男の眉間のわずかな点に吸い寄せられた。
呼吸が、すぅ……と止まる。
世界が静かになった。
引き金を引く0.8秒前、証はすでに“その瞬間”を想像していた。
赤い点が広がる未来。混乱。叫び。死──それらすべての中心に、自分の放った弾がある。
> ──Crack!。
無音に近い、乾いた音が響く。
その刹那、スコープ越しの世界に赤い点が咲く。
男の顔が驚愕に染まり、口元がなにかを言う前に力なく崩れ落ちた。
周囲の構成員たちは一瞬、何が起きたのかわからず硬直する。
だが、すぐに悲鳴が上がった。
「兄貴ィ!? なんや!?」「どこからや!?」「スナイパー!? どこにおるんや!!」
慌てて銃を抜き、屋上の端から下を覗き込む男もいる。
だがそこには、証の姿はもうない。
──初めからいなかったかのように、影も音も消えている。
「無音の音こそ、俺の
証は、コインロッカーの影に身を沈めながら、静かに銃を解体していく。
組み立て式の狙撃銃は、3つのパーツに分かれて黒いケースへ収められる。
動作に一切の迷いも音もない。
「この街で誰かを裁くのは、もう
「だからこそ、俺が──」
パチン、とケースを閉じ、証は立ち上がる。
高架の外、ネオンに染まる夜の街に背を向け、路地を抜けていく。
「……俺が生きとるいう証を、この街に刻むだけや」
彼が歩くたび、音もなく波紋のように闇が揺れる。
通り過ぎたタバコ屋の婆さんは気づかずに
誰も“証”の存在を知らない。
けれど確かに──
空には、薄雲を纏った月。
浪速の夜が、音もなく、静かに歪み始める。
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