大阪府浪速区狙撃手

通りすがり

第1話:浪速区狙撃手

大阪府大阪市浪速区。

心斎橋と天王寺の狭間。ネオンが騒ぎ、汗の混じった空気と焼けたタコ焼きの匂いが混ざる街。

だが、そんな表通りの賑やかさの裏側──誰にも知られぬ闇が存在する。


警察ポリスの管轄も届かない。暴力団や非合法組織イリガルが暗躍する“もう一つの大阪”。

人呼んで浪速裏界ビハインド


そこで今日も、ひとつの命が、静かに落ちる。


ガタン、と遠くで貨物列車の音が響いた。

高架下のコンクリートに伏せた黒い影が、わずかに身じろぎする。


影の主は、まだ若い。制服の上に黒いジャケットを羽織り、深く被ったキャップの下からは冷たい瞳が覗く。

その目が、まっすぐにスコープを覗き込んでいる。


名をよどみ あかし16歳。

だが、浪速裏界では知らぬ者のないスナイパー。


浪速乃証明証のスナイパー

それが裏界で彼に付けられた異名だった。


「狙ったら、外さん。──せやから、俺は“証(あかし)”なんや」


目の前のターゲットは、暴力団『薊組あざみぐみ』の幹部。

警察も泳がせていた凶悪犯。複数の殺人容疑がかけられているが、証拠も証人も揃わない。

だが、“証”の弾は──それそのものが証明だ。


高架下の陰、証は静かに姿勢を低くし、息を殺す。

目線の先、雑居ビルの屋上でターゲットが煙草を吹かしていた。部下らしき男たちと談笑している。


「風速、南東2.3メートル。距離、118メートル。湿度、64%……」


指先が滑らかにスコープの焦点を調整する。

照準が、男の眉間のわずかな点に吸い寄せられた。


呼吸が、すぅ……と止まる。

世界が静かになった。


引き金を引く0.8秒前、証はすでに“その瞬間”を想像していた。

赤い点が広がる未来。混乱。叫び。死──それらすべての中心に、自分の放った弾がある。


> ──Crack!。




無音に近い、乾いた音が響く。

その刹那、スコープ越しの世界に赤い点が咲く。

男の顔が驚愕に染まり、口元がなにかを言う前に力なく崩れ落ちた。


周囲の構成員たちは一瞬、何が起きたのかわからず硬直する。

だが、すぐに悲鳴が上がった。


「兄貴ィ!? なんや!?」「どこからや!?」「スナイパー!? どこにおるんや!!」


慌てて銃を抜き、屋上の端から下を覗き込む男もいる。

だがそこには、証の姿はもうない。


──初めからいなかったかのように、影も音も消えている。


「無音の音こそ、俺の証明あかしや。浪速の裏に正しさなんていらん。せやけど──」


証は、コインロッカーの影に身を沈めながら、静かに銃を解体していく。

組み立て式の狙撃銃は、3つのパーツに分かれて黒いケースへ収められる。

動作に一切の迷いも音もない。


「この街で誰かを裁くのは、もう裁判所さばきのばやあらへん。正義も、勧善懲悪ヒーローも消えた」

「だからこそ、俺が──」


パチン、とケースを閉じ、証は立ち上がる。

高架の外、ネオンに染まる夜の街に背を向け、路地を抜けていく。


「……俺が生きとるいう証を、この街に刻むだけや」


彼が歩くたび、音もなく波紋のように闇が揺れる。

通り過ぎたタバコ屋の婆さんは気づかずに飴玉キャンディを数え、ホームレスの男は何かの気配に身を竦める。


誰も“証”の存在を知らない。

けれど確かに──の一発の弾が、街の在り方を変えた。


空には、薄雲を纏った月。

浪速の夜が、音もなく、静かに歪み始める。

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