第3話

第3話



 私は、まだ十歳で幼いからとはいえ、他より厳しい現実に立ち向かう騎士たちのことを考えると、私自身未熟な自分を強く感じてしまい、常々歯痒さを覚えている。


 ファルは、早々と正式に騎士団の一員として認知され、前線へ向かうことになった。


 私のやるせない想いは、募らせるばかりだった。


 道端をとぼとぼ歩いて俯いている私の髪色は、もとへ戻っていなく摺墨のままで、以前の記憶もまだない。


「もしかして、リィン?」


 私がぼんやりと疲れた顔で歩いていると、不意に道の向こうから呼ぶ声がきこえてきた。


「ファル?」


 私は、俯いていた顔を上げ、呼び声に目を向けた。


「やっぱりそうだ。久しぶり」


 私のもとへ駆けてくるファルは、すでに一人前の騎士長として地位を得ていて、遠征などで多忙。


 時間が出来れば私に会いに来てくれることは変わらないが、一ヶ月に一度会えればいいほうだった。


「久しぶり、ファル。もしかして今日帰ってきたの? それとも見回り?」


 ファルは、人ごみを器用にかきわけて、嬉しそうに小さく可憐に笑った私のもとへまっすぐやって来た。


「俺は、今回の遠征には行ってない。今巡回が終わったところだ。リィン、一人なのかい?」


 ファルは、私の所属である水を示す白露の薄衣とは違う。


 自らが所属する装束ではなく、騎士長の証である岩竹色の薄衣から、鍛え抜かれた体中の頑健な筋肉が浮き出し見えた。


 十七歳となったファルは、洗練とされた騎士へ成長を遂げている。


 麗華な顔立ちに、背中ほどのまっすぐな紅炎の髪。


 ファルは、見るものをヒヤリとさせるほどの壮華な黒真珠の双眸で、まっすぐ私を捕らえた。


「そうよ。私、今日は夕食の当番じゃなかったから、授業が早めに終わり時間が出来て、散歩に来たの」


「そっか。でも一人でなんて、危ないなあ」


 心配そうに顔を歪めるファルは、わかっていない。


 私は、人の感情に敏いところがあった。


 私がほとんど一人で過ごしているのは、硬質と名高く人気のあるファルが、妹としてとはいえ誰よりも大事にし、特別贔屓にしているせいである。


 私自身ファルに会えることだけを毎日の楽しみにしている以上、他なんてほしくない、彼しかいらないし、嬉しさは隠し切れない。


「大丈夫よ。ファルに会えて嬉しいわ」

 

「ファル!」


 ファルが何か言いかけた時、私の背後から艶のある声音がきこえてきた。


 私が振り返ると、ファルよりも大人びた二人の女性が駆けてくる。


 一人は、女にしては長身で鍛え抜かれた豊潤な肢体を、騎士団の総指揮の証である銀煤竹の薄衣を纏う高雅な容貌の女性。


 高く結い上げた純黒の長い髪の持ち主だった。


私やファル同様に、珍しい黒真珠の瞳ながらも、造形は深い闇夜のような艶麗な瞳で左目元に黒子。


 それは、私よりもファルよりずっと大人びている上に、男でもすくみあがりそうな叡智に光る眼差しを窺わせていた。


 もう一人は色気ある美女で、雪のように白い肌。


 きりっと吊り上ったいかにも気の強そうな真赤な瞳と、ふっくらとした唇。


 同じく真赤で長い髪を豊満な身体を包む、若竹色の薄衣に絡ませている。


 私を乱暴に押しのけると、彼女はファルの頑健な胸板にしがみついてきた。





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