第28話 黄金の檻

朝の光が差し込んでいるはずなのに、部屋は薄暗かった。

 窓はすべて結界に覆われ、外の景色は霞のようにぼやけている。

 私が見えるのは、石壁と天蓋のある寝台、そして重く閉ざされた扉だけ――。


「……おはよう」


 低い声に振り向くと、レオンが椅子に腰掛けていた。

 いつからそこにいたのか、眠った形跡すらない。

 ただ、私を見つめ続けていたのだと分かる。


「起きたばかりで悪いけど、今日からはこの部屋で過ごしてもらう」


「え……?」


 思わず立ち上がると、レオンがすぐに腕を伸ばし、私を抱き止めた。

 逃がすまいとするその力に、胸がざわつく。


「昨日の夜……ゼノがまた近づいた。結界を越えようとした。俺はお前を守らなきゃならない」


 囁きは必死で、震えていた。

 彼が恐れているのは、ゼノそのものではなく、私の心が奪われること――。


「でも……閉じ込めなくても」

「違う」


 強い声が遮った。

 レオンの金の瞳が燃えるように光り、私を射抜く。


「ここなら誰も入れない。誰もお前を奪えない。……これ以上、あいつの声に触れさせない」


 扉の外で魔力がざわめき、厚い結界が張られる気配がした。

 空気まで重く、息が詰まりそうになる。


「レオン……」


 彼の胸に縋れば、守られていると感じる。

 けれど同時に、自由を奪われていく実感が、心を締め付けた。


 私は声を絞り出す。

「私、檻の中の鳥みたい……」


 その瞬間、レオンの腕がさらに強く私を抱いた。

「いい。鳥なら鳥でかまわない。俺の腕の中でしか生きられなくても」


 耳元で囁く声は、甘いのに、鋼のように硬かった。


 私は唇を噛んだ。

 この愛は、本当に愛なのだろうか。

 ゼノが言った「自由」という言葉が、頭の奥で光を放つ。


「……レオン、私……」

 言葉を続けようとした瞬間、彼の唇が私を塞いだ。


 深く、熱く。

 息を奪うほどの口づけに、抗う隙もなく心が沈んでいく。


「……お前は俺のものだ。ずっと」

 口づけを解いた彼の声は、決して揺るがなかった。


 背後で、扉が完全に閉ざされる音が響く。

 私は悟った。


 ――この部屋こそが、黄金の檻。

 そして私はその中に閉じ込められた鳥。


 けれど心の奥では、まだ蒼の瞳が呼びかけている。

 「檻に囚われたままでいいのか」と。


 私は目を閉じた。

 愛と自由、そのどちらも手放せないまま。


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