第19話 檻の鳥
扉は固く閉ざされ、重い静寂が部屋を支配していた。
レオンは私を抱きしめたまま動かず、ただ何度も囁く。
「ここにいてくれ。……どこにも行かないで」
その声は愛のようで、呪いのようでもあった。
私は答えを返せず、ただ彼の鼓動を聞いていた。
けれど胸の奥で――窓の外にいたゼノの蒼い瞳が、どうしても離れない。
鳥籠に閉じ込められた小鳥のように、私は今、羽ばたくことすら許されていないのだ。
「……紗羅」
レオンが顔を上げ、私の頬に指を這わせる。
「泣いてる?」
触れられて初めて、頬を涙が伝っているのに気づいた。
「泣いてなんか……ない」
そう答えると、レオンの金の瞳が切なげに揺れた。
「ごめん……苦しめたくない。けど……離せないんだ」
――どうしてこんなに必死なの。
私はただ、静かに生きていたいだけなのに。
その時。
――コン……。
扉を叩く微かな音がした。
息が止まる。
こんな城に、誰が。
レオンは即座に立ち上がり、剣に手をかける。
「……ゼノ」
名前を吐き捨てる声は、鋭い刃のようだった。
扉越しに低い声が響く。
「囚われの小鳥よ。檻の中は居心地がいいか?」
私の胸が凍りつく。
ゼノ。やはり彼だ。
「出て行け!」
レオンの怒号が部屋を震わせた。
「紗羅に近づくな!」
だが扉の向こうで、ゼノは落ち着いた声で続ける。
「彼女が望むなら、俺はいつでも檻を開けてやれる」
心臓が跳ねた。
どうして……私の心の奥を知っているの?
「嘘を言うな!」
レオンは扉に剣を突き立てるような勢いで叫ぶ。
「紗羅は俺の傍にいる。絶対に!」
「そうか?」
ゼノの声は挑発的に、甘やかに響く。
「紗羅。お前自身の声を聞かせてみろ。――この檻から出たいか?」
「……っ!」
思わず唇を噛みしめた。
出たい。けれど、それを口にすればレオンがどれほど傷つくか……想像するだけで胸が痛む。
沈黙。
それだけで、レオンの指が震えていた。
「紗羅……答えるな。俺を置いて行くな」
彼の声は懇願のようで、涙に濡れていた。
私は――どうしたらいいの。
扉の向こうのゼノの笑い声が、冷たい夜に溶けていく。
「答えは出なくていい。……いずれ分かる」
足音が遠ざかる。
静寂が戻ると、レオンは私を抱き締め直した。
その腕は、檻の鉄格子のように固く。
「……誰にも渡さない」
耳元で響く囁きに、胸の奥が震えた。
私は囚われの鳥。
そして二人の男は、私の翼を奪い合おうとしている――。
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