IF-夢で出会った君が可愛すぎる-

皇冃皐月

第1話

 青い空、白い雲、私を、木々を、建物を、アスファルトわ照りつける灼熱の太陽。

 高校生になった私、宮坂陽乃みやかさはるのはとある女の子と手を繋いで歩いていた。

 金色の腰あたりまで伸びた長い髪の毛に、耳にはピアスがぶら下がっている。暑いのにソックスは長くてダボッとしたものを履いていて蒸し蒸ししそう。寒がりなのかと思えば、スカート丈は短く、第二ボタンまで開けて、リボンを緩めている。歩く度にシャツがちろちろ揺れて、下着が見えそうになる。なによりも顔がいい。小さい顔に、整えられた眉毛、長いまつ毛にキリッとした目尻、筋の通った鼻、ぷっくらした血色のいい唇。それらを包み込む化粧のりの良さそうな白色の肌。

 どれを切り取っても美少女と呼ぶに相応しい女性。名前どころかどこの誰かすら知らないけれど。彼女は私に微笑み、私の心もぽわぽわ温かくなる。まるでその状況があってしかるべきなようで、あるべき姿なようで。


 感覚だけが残っている。


 実際にそれがなにで、なにを意味していて、どういうことで、そもそも君は誰なんだ。という疑問だけは払拭できない。


 「――――」


 君の喋る言葉は空気中に溶けてしまう。そのせいで私の耳元に届く頃には雑音にしか聞こえない。言葉を認識するどころか、声を聞くことさえ許されない。


 結局、誰なのか。なんなのか。


 わかることはない。


 また顔を上げる。さっきまで着ていた制服はどこへやら。水色を基調とした水着姿になっていた。スタイルがいい。くびれがはっきりとしている。ただガリガリなわけじゃない。薄っすらながらシックスパックが顔を見せる。無理な食事制限、無理なダイエットなんかによって手に入れられた体型ではなく、長い年月鍛えてきた結果手に入れた体型であることがわかる。

 なによりも天啓の胸。豊満な胸。私にはない胸。大きな胸。

 水色の水着からこぼれ落ちそうなほどに育ったそれが目に入ってくる。目を逸らそうとしても目に入ってきて、気付いたら目で追いかけてしまって、彼女はその視線を満更でもなさそうに受ける。


 恥ずかしさと、自身の気持ち悪さに辟易として、目を両手で覆う。ぐっと目を瞑って、目を開く。


 今度はメイド姿の彼女がいた。メイドらしく、金色の長い髪の毛は束ねられていて、ポニーテールになっている。ゆらゆら揺らしながら、まるでそれが、この状況が当たり前、みたいな様子で私の手を握る。手汗だらけな私の手を、嫌な顔ひとつせずに握る。


 「なっ、な……な、な、な……」


 緊張なのか、しばらく喋っていなかったからなのか、それとも全く別の要因なのか。真偽は不明であるが、声が出ない。


 「――――」


 そして相変わらず、彼女が喋っていることもわからない。

 言葉として、声として、認識しているのに、認識できない。まるで雑音のように耳に入って、脳が処理する。


 目線を切って、彼女を見る。その度に彼女の姿は変わる。

 バニーガールの姿になってみたり、私服でランドセルを背負ってみたり、魔女っ子のようなコスプレをしてみたと思えば、今度は看護師さんの姿になって、さらには本格的なサンタコスなんかもしたりする。

 まるで着せ替え人形のように。マネキンのように。変幻自在にくるくる変わっていく。


 「――――」


 リクルートスーツを身にまとった彼女は私の何かを言って微笑み、額に手を当て、そのまま唇を軽くつける。

 その行動の意味を探り、受け入れ、理解し、混乱を払い除け、そうやってぐるぐる激しく思考を回転させる。渋滞しきった思考が淀みなく、スムーズに動き始めた頃にはさっきまで目の前にいた彼女はいなくなっていた。まるで幻影でも見ていたかのように。跡形もなくなっていた。


◆◇◆◇◆◇


 そして、私は目を覚ます。


 「陽乃ッ! 入学式からアンタ遅刻するわよーーーー」


 リビングから響き渡るのは母親の声。

 重たい瞼を開けて、ゆっくり上体を起こす。ぼんやりと靄のかかった頭を少しずつ動かし始める。目を擦って、血の巡りを全身に感じながら。ぱっと顔を上げると、ハンガーに吊るされた新品同様の制服が吊るされていた。シワどころか、埃一つついていない。同様ではなくて、新品。

 日差しが差し込む窓を目を細めながら見る。


 満開の桜が咲いていて、鶯が春の訪れを知らせる。ちょこんちょこんと枝を飛び、桜を散らして、飛んでいく。


 さっきのわけのわからないものはぜんぶ夢だったんだ。

 そうやって気付く。脳裏にあった鮮明な夢はその瞬間に、押し流されてしまったかのように霞んでいき、澱んでいき、描き混ざっていき、手を伸ばしても、探っても、叫んでももう戻ってはこなくて。


 「まあいいか〜」


 高校の入学式。

 人生の大きな転換期に、そしてこれから訪れるであろう青い春に、淡いながらも大きな期待と希望を抱いて、どうでもよくなった。

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