後編
※今回のお話には、一部嫌悪感を示す描写があります。苦手な方はブラウザバックを推奨いたします。大丈夫な方はご理解の元、先へお進みください。(このお話を読んだことによる体調不良などの苦情は一切受け付けませんのでご了承ください)
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キャリーに言われた通りにスラム街へとやってきたマリー。
(いつ来ても慣れないな)
懐かしの場所へと戻ってきて、嫌な記憶が蘇る。
あの当時と何も変わらない。それどころか、
ゴミの散乱は当たり前。それどころか、ゴキブリや蝿、ネズミなども徘徊している。
長居するだけで体に悪そうな場所。
だが、マリーにとってはそれ以外の記憶も蘇ってくる。
淀んだ空気が忌まわしき場所──戦場を想像させ、体が拒否反応を示し、胃の中にあるものが逆流するような気分を味わう。
それをグッと堪え、彼女は前へと進んでいく。
「ドミニク様、どこにいるんですか!」
いなくなった愛しい人を呼ぶ。
生気の亡くなった人が座り込んだり、横渡ったりしているのを横目に見る。
醜い姿がとても痛々しい。
ただでさえ、スラムの人々は見窄らしい格好をしているのに、戦争の傷跡でそれが際立って見える。
彼らの姿に心を痛めていると……ふと、風向きが変わり、体が警戒体制に入った。それと同時に、謎の人物が二人、マリーの背後から襲いかかってくる。
それを持ち前の身体能力で軽々と対処し、肘打ちと回し蹴りで制圧する。
「アナタたちもキャリーの手先?」
両足で細身の男たちの手を踏み、逃げられない体制にした後に問い詰める。
マリーの問い詰めに男たちは無言を貫抜いた。それに痺れを切らし、「答えなさい!」と強い言葉をぶつける。そんな時、
「キャハハハハ!」
甲高い
カール状に巻かれた金髪が風に
着ている衣装も有り余りの布を集めただけのボロ臭いもので、年頃の女の子が身につけていていいものではなかった。
「めでたいね。でも、彼らを離してもらいたい。じゃないと……わかるよね?」
ひとりの男が拘束したドミニクにナイフを突きつけていた。
「ドミニク様!」
「マリー、来ちゃダメだ!」
「うるさいんだよ!」
動けないドミニクに踵落としを喰らわし、地面に顔を突っ伏させる。それにより顔から赤い液体が滴り、マリーは怒りが湧いてきた。
だが、人質を取られているマリーは何もできない。
「押さえつけろ」
冷徹にかけられた言葉に、男たちは応じてマリーの両手を取っていく。
「やめて! 触らないで!」
「いいのかな? 拒否ったらドミニクは殺すよ」
歯を食いしばることしかできないマリーを見て、キャリーはご満悦そうに振る舞う。
「それでいいのさ。大丈夫、男共が多いからって辱めたりはしない。私の
そう言って、キャリーはマリーの方へと近づいていきた。そして……彼女の顔目がけて思いっきり拳を振るった。
口の中が切れ、少量の血が飛ぶ。それを見て、キャリーは顔を赤面させ、興奮を覚えた。
「あの『返り血の女神』が、戦場でも無傷だった女が、自分の血を出してる! 私の拳で……ハハッ! いい気分ね」
その後も腹、胸、足、手など、ありとあらゆる場所を痛めつけられる。
それを悔しそうな表情で見つめるドミニクだったが、布を口に押さえつけられた彼は声が出せない。
目を背けたくなるような残酷な光景が広がっていく。
それに、マリーは意識を失いかけるが、その時に走馬灯のように頭の中に過去の映像が流れてくる。
『きったねぇ子供だな』
『スラム街出身だってよ。関わらないほうがいいぞ』
『何であんなのが生きてるんだよ。死ねばいいのに』
スラム街で過ごしていた時の記憶だ。あの時の自分は誰からも必要とされず、煙たがられていた。それは 今のキャリーにも言えることだろう。
彼女とは姉妹同然で過ごしたのに……結局、何もしてあげられなかった。ごめん。
それでも、走馬灯は終わらない。次は自分の転換期となった日のことが思い出させられる。
『マリー=ウィザード、貴様に徴兵命令が下った。付いてこい』
それがドミニクとの出会いだった。綺麗で整った容姿をしていた彼の姿は
一目惚れしてしまった。彼と結ばれたいとも夢見てしまった。
『嫌だ! 嫌だー』
『助けて!』
『死にたくない……死にたくない』
その後は戦場に駆り出される日が続いた。最初は死んでもいい人間を選別しただけ。それにマリーが選ばれただけだった。だが、彼女は生き残った。
そして、いつも無傷。その噂はあっという間に広がり、いつしか彼女はボルレオ王国の英雄となっていた。
「マリー!」
押さえつけられていた顔を力づくで押し上げ、彼女の名前を呼ぶ。それにより、マリーは薄れかけていた意識を取り戻す。
「ちっ! 余計なことするなよ!」
鬼の形相で睨みるけるキャリー。そして、
「私はアンタが一番憎いのよ! マリーと私はこのスラム街で姉妹同然に育ったわ。でも、今では境遇が雲泥の差。マリーがたまたま戦場での才能に長けてたから、他の人たちを出兵させなくても良くなったけど……どうせ私たちも使い捨てるつもりだったんでしょ。でも、私はそうして欲しかった。だって、上手くいけば、今のマリーのようにこの
自ら戦場に行きたかったと言う彼女の言葉にマリーは、最悪な気分を味わった。
見たこともない凄惨な光景に行きたいなどと言われたからだ。
「アナタは何もわかってない」
「わかってない? わかってないのはアナタの方でしょ。実際、アナタは今、国王の右腕として裕福な暮らしをしてるじゃない!」
それを言われて、マリーは言い返せなくなった。だが、
「そんなことはない。マリーだってな……」
「うるさい!」
一喝してドミニクを黙らせるキャリー。
「私は王国に復讐する。手始めにアナタの首を晒し、無能な国王として祀ろうじゃないか」
「そんなことをしても意味なんか……」
「ない? そんなことはないわ。国民には届くだろう。この王が無力で、国を背負う資格がないということが」
キャリーは手を上げる。それに合わせて部下たちは持っていたナイフが準備される。
今にも命を奪われそうな彼を見せられるが、マリーは何もできなかった。
「やめて!」
彼女の耳には一言も届かない。
「やめてよ!」
彼女は耳すらも傾けない。
「やめてって言ってるでしょ!」
大声で叫び、男たちの拘束を無理やり振り解いた。
火事場の馬鹿力というやつだろう。大男が一切抵抗できないほどの力。男たちを回し蹴りで対処し、光の速度でキャリーに迫る。
「早く……」
言葉を言い切る前に、掌底を喰らわせられ、男の方にも接近。
「マリー……」
「ドミニク様……よかった。本当によかった」
男が持っていたナイフで拘束させられていた手の縄を切り、彼を解放。そのまま彼に抱きつく。
「俺のせいで迷惑をかけた……本当にごめん」
「そんなことないですよ。本当に無事でよかったです」
先ほどまでの表情が嘘みたいに、少女のように輝かしい笑みを見せる。それにドミニク自身も心を奪われそうになった。
正直、罪悪感はあった。最初は使い捨ての駒くらいの感覚でスカウトした。だが、徐々に情が移ってきて……
「なんで……なんで私だけ……」
仰向けに倒れながら、キャリーは自身の目を手の甲で抑えていた。大粒の滴が垂れ、震える唇で言葉を紡いでいく。
「私も幸せになりたかった。マリーが羨ましかった。なんで私だけ。なんでよ!」
「キャリー……」
マリーは慰めに言葉を投げかけようとしたが、なんて声をかけていいか分からず、言葉が詰まってしまった。そんな彼女などお構いなしに、
「どうして! 生まれた場所がスラム街だったってだけなのに……どうして! 私が何かしたわけじゃないのに……どうして! なんでスラム街の人たちは煙たがられるの……どうして! 答えなさいよ! アンタ国王でしょ!」
キャリーの言葉にドミニクは一瞬、黙り込んだ。
しばらくして、心苦しそうに言葉を紡いでいく。
「理由はない。ただ、先入観で嫌われるだけだ。それがいけないことはわかってるし、変えなければいけないのは重々承知だよ。だけど……今は無理なんだ。街の復興にお金がいる。都市部を機能させないと、国が崩壊してしまう。そうなっては、ここの人たちを救うどころか、国民を見殺しにしてしまうんだ。わかってくれ」
「結局、金かよ……」
それにドミニクは言い返せなかった。
「国王誘拐の罪で君たちを逮捕します」
「待って! キャリーも生きるのに必死でやっただけで……」
「そんな言い訳は通用しないんだよ。わかってるだろ? マリー」
彼の前に立ち、説得していくマリーを優しく宥めるように言い放つ。
彼の言うことは正論だった。それ以上は口出しできず、彼女たちは拘束された。
しばらくして、衛兵がやってきてキャリーたちが連行されていく。かつて一緒に過ごした友の背中に声をかけようとしたが、できなかった。
「これからどうする?」
「デートの続き、しましょ」
本当は中止しても良かったのだが、マリーは強がりでそう言葉を続けてしまった。その姿を見て、「わかった」とドミニクも了承してくれた。
スラム街を出て、マリーたちは中断していたデートを再開した。
「次はどこに行く?」
ドミニクの言葉に無言になるマリー。頭の中にはキャリーのことが浮かんでいた。
「マリー」
肩に触れられながら名前を呼ばれたことで、ようやく正気に戻る。
「申し訳ありません。で、なんのお話をしてたんでしたっけ?」
「マリー、やっぱり、今日はやめにしようか」
「えっ! どうしてですか? 私はこの通り、大丈夫ですよ」
力こぶを作り、痩せ我慢を披露していく。それでも……
「やっぱり無理してる。今日は休んだ方がいい」
「大丈夫……じゃないですね。わかりました。お言葉通りにします」
真剣な眼差しを向けられ、マリーの心は折れた。
「じゃあ、宿舎まで送るよ」
「ありがとうございます」
お言葉に甘え、宿舎まで一緒に歩いていく。しかし、その間には会話が全く弾まず、終始無言の状態が続いた。
せっかくの雑談チャンスを逃し、宿舎へと辿り着く。
「あんなことがありましたが、今日は楽しかったです。ありがとうございました。ドミニク様もお気をつけて」
「あぁ、僕も楽しかったよ。それと、心配ありがとう」
悲しそうな雰囲気のまま、二人は別れた。
ドミニクは王宮へ。
マリーは自身の宿舎へと足を運んでいく。
だが、二人の心中は全く同じことを思っていた。
スラム街での出来事。腐敗した世界。それを見て、戦争と世界の凄惨さを嘆いていた。そして、二人は口の中だけで呟く。
「マリーが……」「私が……」
『剣を置ける日が訪れますように』
女騎士も乙女です 新田光 @dopM390uy
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