女騎士も乙女です
新田光
前編
無数の金属音と悲鳴が蔓延る場所に、一際目を引く美しい女がいた。
スタイルは抜群で、一目見ただけで男性を虜にできるであろう美貌。
例えるなら砂漠に咲く一輪の花。それほど、女の姿はこの場所に不釣り合いだった。
「あぁ、嫌だな」
女は平然としながら、まるで散歩でもするかのようにその場所を闊歩する。
風に流された鉄や腐敗臭などの臭いが鼻に付く。不快感が一気に押し寄せてきて、早くこの場所から撤退したいと思った。だが、それはできない。なぜなら、まだ撤退命令が下っていないから。
「死ね!」
背後からの不意打ちを何事もなかったかのように回避し、手に持っていた刀を使用して切り捨てる。
正面からの攻撃も軽々と躱して残酷な一太刀を浴びせた。
それからも、次々と襲いかかって来る人をいとも簡単に殺めていく。
非日常的な光景が広がるが、この戦場では当たり前のことだ。心を鬼にせず、躊躇った方が死んでいく。
それを、彼女は知っていたから。
軍服を赤い液体で汚した女を、ひとりの男が見る。尻餅をつき、今にも命を取られそうだった。
しかし、女は冷ややかな
「助け……」
そんな命乞いは無意味で、男は無情にも命を奪われた。
彼の鮮血を体に浴び、女は辺りを見渡した。
「また、これだ」
無数の死体が転がり、自分だけがその屍の上に立っている。
体は血で染まるが、彼女はその体液に温かさを感じたことがない。ましてや、生の実感すらも。
擦り傷ひとつ負ったことのない彼女に取って、戦場での死は無縁だったたから。
「返り血の女神」。それが彼女についた異名だった。
だから今回の出兵でも、彼女はその異名に恥じない活躍を見せ、たったのひとりで一部の陣地を打ち取った。
その名誉を手にしながらも、彼女──マリー=ウィザードは先ほどまでの冷ややかな
「早く終わらないかな」
自分の活躍の場がなくなることを願っていた。
王室。
ドミニク=オリヴァー。このボルレオ王国の国王である。
だが、彼の格好は王とは思えないほど、質素なものを着ていた。
「これからどうしようか」
「どうかなされましたか?」
「いや、戦争が終わったのはいいのだが、これからの国政を考えるとな。見てわかると思うが、街は荒れ果てて、なんとも言えない状況になってるし。戦前よりも国の財力も落ちてるからな」
「そうですね。国民たちも頑張ってくれてはいますが、それでもかつてのボルレオのような力はありません」
かつて鉱石などの資源が潤っていたボルレオ王国は、資源大国として莫大な力を持っていた。
世界三大大国と言われ、世界中から恐れられていたが、三十年前にひとつの国がボルレオ王国の資源を奪うために戦争を仕掛けた。
そこに便乗し、他の各国も参戦。再戦と停戦を繰り返し、その大戦が半年前に終戦した。
しかし、国はかつての力を失った。街は荒れ果て、食料も昔ほど良い食材が手に入らない。肉なんてもってのほかだ。
「国王! 不審な女が入ってきましたが、どうなされますか」
突然、扉が開かれ、監視を任されていた衛兵が入ってくる。それを見て、
「あぁ、通していいよ。多分、マリーだろう」
何の疑いもせず、謎の女を通す許可を下す。
許可をもらえた衛兵は、指示通りに女ことマリーを通したのだが……
「ドミニク様!」
「会いたかったです! マリー、ずっとこの時を待ってたんですよ」
「いや、昨日も会ってるだろ。その前も、その前も連日僕のいるところを嗅ぎつけて追いかけてきてるじゃん。犬じゃないんだから」
「だって、ドミニク様がマリーに構ってくれないから」
「今はそんな余裕はないんだ。マリー、わかってくれよ」
「でも……デートの一つや二つしてくれてもいいじゃないですか」
頬を膨らませながら、上目遣いでドミニクを見る。
それに彼は困らせてしまい、次にどう声をかけていいかわからなくなる。
「あ、兄上……少しくらい、構ってあげてもいいのでは? ほら、彼女は終戦の英雄なんですし……」
「とは言ってもな……」
「お願い! ドミニク様!」
だが、どれだけお願いされても忙しいのに変わりはない。
国力の回復。
各国との対応。
国王としての責務はたくさんある。
いくらあの戦争を終わらせるきっかけを作った英雄と言っても、時間を作るのは難しかった。
「なら、こうなされては? 街の様子を伺うついでに、彼女の相手をする。マリー様はアナタ様と一緒に居たいだけなのですから」
「そう! わかってるね衛兵くん。君からも説得してくださいよ」
「でもな……」
衛兵たちに促されていくが、それでも首を縦に振る気配がない。それに見かねたのかドミニカは、緊張しながらも言葉を発した。
「こ、ここは、ワタシが、やっておきますので、兄上は、マリー様のお相手をし、してあげてください!」
「ドミニカ……」
自分の意見など滅多に言わない弟がこうまで言ってくれているのを見て、「わかったよ」と彼はようやく折れてくれた。
「やったー。デートしましょ、ドミニク様」
「はい、はい。今日はどこいくの?」
「そうですね……なら、再開したレストランとか、観光名所の
「今日はマリーのために時間を作ってあげるから存分に楽しもうな」
「うん!」
そう言って、二人は王室を出て城下町へと降りた。
*****
崩壊寸前の街に出て二人はデートに興じていく。
ここボルレア王国は、綺麗な街並みが国宝に指定される程、景観の良い街であった。
スペインのマドリードのような歴史のある都市。しかし、それも先の戦争のせいで全てを失った。
今はボロボロの廃墟などが並ぶだけの街になってしまった。
「復興はまだ遠いか」
「そうですね。ですが、マリーは慣れてしまいました。物心ついた時は、もう綺麗な街はほぼ残ってませんでしたから」
悲しそうな表情を浮かべるマリー。
今年で十八になる彼女は、戦前のこの国を知らない。
だから、祖父母に写真で見せてもらった街並みを見て、思い出に浸るしかできなかった。
「大丈夫だよ。また、あの頃のようになれる。って言っても、僕も父に聞いた話しか知らないんだけど」
彼の言葉にマリーは微笑みを見せる。
こんな街でも今、幸せに生きられるなら生きていく価値はあるのかもしれないと。
街を歩いていると、色々な人たちに出会った。
街には商店が並んでいるが、再開できている店は少なかった。
その数ある中から、一つの店を見つけ、マリーたちは店の方へと向かっていく。
「美味しそうな匂いですね。ガウス(豚肉みたいな肉)の串焼きですか?」
声をかけていくドミニクだったが、二人の姿を見て、店主の老人は深々と頭を下げた。
「そんな畏まらなくてもいいですよ」
「いや、そんなわけにはいきません。まさか、国王様直々に訪問されるとは思わなく……」
「顔を上げてください」
そう言われ、店主は国王の指示に従った。だが、隣の女性を見て、またもや頭を下げる。
「えっ!」
「まさか、英雄様までお越しいただけるとは……これは光栄です。こんな不格好な店ですが、私にとってはとても大切なものなんです。再開できるようにしてくださってとても感謝しております」
「いえ、私もあの戦争は嫌っていましたから……それにドミニク様のために戦っただけですから」
「過程はどうあれ、私たちに希望を与えてくれた感謝しております」
店主の真摯な姿を見て、二人は彼に頭を下げた。
それも見守った二人は、穏やかな表情を見せた。そして、
「ガウスの串焼きを二ついただけますか?」
ドミニクは自分の好物である肉を頼んだ。
それから二人は街を見回るという体のデートを楽しんでいく。
「ガウスの肉美味しいですね」
「そうだな。まさか、肉が食べられるとは思わなかった。あのじいさんには感謝しかないな」
ランクでいえば一番安い肉だが、肉など今は高級品。食べられるだけでとても喜ばしいことだ。
一気に肉を平らげ、一行は
「マリー、そっちは危ないよ」
「どうしたんですか?」
「どうしたもなにも、そっちはスラム街。国王として捨ておけないとは思っているが、今の段階では危険な地域であることは変わりないんだ。特に今は、さらにね」
「でも、平等に権利を与えるのが国王の役割なんですよね。だったら……」
「助けるのと、踏み入るのは違うよ。そこについては後々考えるから、今は関わらないで」
「わかりました……」
大好きな人に説得させられ、マリーは道を変える選択をする。
一行は
マリーは上機嫌に鼻歌を歌い、彼と手を繋ぎながら道を進んでいく。
「楽しそうだな」
「当たり前じゃないですか。やっと、やっとドミニク様とデートできたんですよ。初デートですよ!」
「近い……近いよ……」
口がくっつく程の距離感で話しかけられ、少しだけ緊張してしまう。だが、すぐに平常心を取り戻し、楽しく雑談をしながら歩いて行った。
しばらくはなにも起きなかったが、それだけでもマリーは楽しかった。
戦場にいた時とは違う高揚感。生きていると実感でき、自分の乙女心が刺激される。
しばらくして
「悪い、ちょとお手洗い」
「いいですよ。私はこの岩に願いを刻んでいますね」
「マリーもあの迷信を信じるんだな」
「はい。岩に刻むと願いが叶うってやつですよ」
「はは、頑張ってね……」
そう言って、ドミニクはマリーの元を去って行った。
「何て刻もうかなー。ドミニク様と婚姻! いやいや、それはまずいよね。美味しいペロルン(いちごのみたいな果実)を食べられますように。うん、それが一番いいかな! それとも……」
考え抜いて一つの答えに辿り着く。
「この国が平和でいられますように」
もう戦争は懲り懲りだ。あの悲惨で胸を抉るような経験は二度としたくない。
人を斬る瞬間に向けられるあの言語化できない表情は。
十分近く考えて辿りついた答えを、そばにある専用の道具で岩に文字を刻んでいく。
岩に刻む性質上、戦前にも刻まれたであろう文字がたくさん残っていた。
その頃にはまだ己の幸せを願っているものが多かったが、今は国の幸せを願うものが増えている。
「そういえば、ドミニク様遅いなー」
全然戻ってこない彼を心配する。だが、彼を信じもう少しだけ待った。
それでも、戻ってこなかったため……
「探しに行こう!」
そう決断し、彼女はお手洗いへと向かうことにしたのだが……次の瞬間、首元に冷たい鉄のような感触が伝った。
「動いたら殺すよ」
「そんな脅し、私には通じない。わかってるでしょ?」
「じゃあ、こうしようか。動いたらアナタの大切な人が死ぬよ」
かけられた言葉に、マリーは歯を食いしばった。
「それでいいの。スラム街まで来て。そこで待ってる返り血の女神さん」
声の主はそれだけ言い放つと、颯爽とその場を去って行った。
気配が消えた背後を振り返り、小太刀を突き立てていた主の声に反応する。
「キャリー。なんであの娘が」
かつての知り合いで、腐れ縁の相手との邂逅に驚きを見せていた。
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