月に待ち人、追う男

蠱毒 暦

無題 ある夏の日の事 

町外れの大きな丘の上にある荒れ果てた無人の館…そこには、幽霊が出るという噂があった。


「…すぐ、そっちに行くから。」


庭園にある墓前に花屋で買って来た、向日葵と飴玉を添えて、僕は歩き出す。


……


僕は金木 太郎…大富豪の父、八代やしろの息子。


資本の虚しさと人間の醜さを小学生で知り、美食と暴力と冒険の無意味さを中学生で理解し、賭博や女を愛でるのも…高校生で卒業した。


一生、遊んで暮らせて、勝ち組が約束されている全てが満たされた人生。


(違う。これはもう…退屈な余生だ。)


古びた大扉を開けて、中に入った。


「…屋根がないから、明るいな。」

「………」


大学で立ち上げたオカルト研究会も、いざこざで、今では僕1人だけ。


幽霊、怪異、怨霊…そんなモノは、はなから存在しないと幼少期から知っている。


(心霊ポイントはここで最後。何もなく終わったら…ふっ。)


いっその事、有人ロケットを手ずから開発し、地球を出て…宇宙人でも探すか。


……


僕個人で持ってる屋敷ほどではないが…昔の建物にしては、かなり良いデザインをしている。


「破れた絵画…蜘蛛の巣がついたシャンデリラ。僕がちょちょちょっと手入れすれば、また使える物や部屋ばかり…地下室もあるのか!」

「………」


ギシ…ギシィ…


今にも崩れそうな階段を降りると、そこには酒蔵があり…酒樽に入った赤ワインから日本酒まで、年代物がずらりと揃っていた。


「時代の流れに置き去りにされたか…可哀想に。よし、僕が飲んで…」

「やめて。」


無機質な声と、ズボンの裾を摘まれた感触がして、僕は驚いて視線を下に向けた。


「どうやら可愛らしい先客がいたらしい。僕は金木 太郎。君の名前は?」


「……!!」


栗色の髪を長く伸ばした小学生っぽい少女は黙ったまま、その闇の様な色の瞳でこちらを睨んでいた。


「女の子だろうと、誰だって子供は秘密基地には憧れるものさ。勝手に侵入したのは謝るよ…飴でも舐めるかい?」


「……」


胸ポケットに入れていた飴玉を少女がふんだくるように取って口の中に放り込むと、即座に吐き出した。


「スイカ焼きそば味さ。意味が分からないくらいに不味いだろう?僕が中学生の頃に、よく舐めたものさ。ははははは!!!!」


「うぇ………スイカの甘さと、焼きそばの…ソースの味が戦争してて…不味い。」


吐き出された飴玉をハンカチで丁寧に拭って、口の中に入れた。


「…そうだね。でも一流の料理ばかりの生活だと、この味も恋しく感じちゃうものさ。」


スマホの画面を開くと、19時になっていた。


「7月だから、まだ日は落ちないけど…そろそろ自分の家に帰るといい。怖いのなら、この僕がエスコートしてあげようか?」


「……わたしは、あなたが嫌い。」


そう言うと音も出さずに、地下室の階段を駆け上がって行った。


「…初対面相手に、アレは流石にふざけすぎちゃったか。反省しよう…」


……


翌日。僕は各種道具を屋敷の中に置いていると屋敷の柱から、こっそりと少女が顔を出していて、その様子を観察していた。


(昨日の事で、気まずいのか…よし。)


「ポゥ!!!!!!!!!!!」


だから、試しに僕は奇声を上げてチラリと様子を伺うと、肩をビクッと震わせていて、何食わぬ顔で僕の近くに寄って来た。


「な…何しに来たの?」


「見ての通り、屋敷の修理さ。飴いる?」


少女は警戒しながら、一歩後ろに下がった。


「…スイカ焼きそば味?」


「まあまあ…当ててみな。」


胸ポケットに入れていた飴玉を少女に渡した。


「!?ぺっぺっ……ぅ…何なの、この味……」


「今回は、フランクフルトチョコバナナ味!!!」


吐き出した飴玉を口に入れて、その変わらないエグい味にニヤッと笑った。


「うぅ…修繕って…屋敷を……直せるの?」


「モチコース!この地球上にある各種免許は高校生の時に全て獲得していてね。」


「宇宙飛行士の資格も?」


「最!!!年!!!!少!!!!!だよ?」


僕がドヤ顔でグーサインを出すと、少女が歳相応の表情に変わり、恥ずかしくなったのか、すぐにそっぽを向いた。


「君は宇宙が好きなんだね。」


「…うん。庭園から見る星…綺麗だから…」


「君の様な可憐な子が、夜中にこんな場所…来るべきじゃないと思うけど……」


(星…星ねぇ。よしっ…)


「ちょっと、君の秘密基地を改造しちゃう事になるんだけど…いい?」


「……え。」


それから翌日…そのまた翌日と僕は大学をサボって、ひたすら屋敷の修繕に没頭し、その様子を朝から晩まで、ずっと少女は見ていた。


(学校…行ってるのだろうか?)


そんな違和感を抱きつつも、僕は、日課の様に飴玉をあげ続けた。


初心者にも優しい、唐揚げパイン味や枝豆綿飴味から、慣れた僕でも覚悟を決めないと、吐きそうになるラムネお好み焼き味や、タコ焼きキュウリ漬け味まで。気づけば、勝負形式に変わっていた。


「く…苦しいなら、吐いてもいいんだよ?」


「今日こそ…負けない。勝ったら…屋上の部屋を見にいく……うっ…」


「残念…また、僕の勝ちだ。」


一緒に舐めては悶絶して、苦しんで…最後は笑い合う。


そんな風に付き合ってくれる友達は誰1人としていなかったから…ちょっぴり嬉しかった。

 

……


前よりも暑さがマシになり、カレンダー上ではギリギリまだ夏の時…屋敷の修繕がある程度、終わった頃だろうか。


「どう?」


「っ……これって!?」


1時間くらい梯子を登るのが怖くて、躊躇っていた少女が遂に辿り着くと、その光景に心を奪われているようだった。


「展望台…あの時の君から着想を得たのさ。」


望遠鏡の前で胡座で座っている、僕の上にちょこんと座る。


「まあ…この通りちょっと、狭くなっちゃったけど…最先端の技術で月面にある宇宙ステーションまで見えちゃう特殊な望遠鏡付きだから、めっっっちゃ、満天の星々が見れるよ。」


「………っ。」


感極まって、泣きそうな少女に飴玉を渡した。


「焼き鳥じゃがバター味。今まで僕が舐めてきた飴の中で、1番美味しい当たり枠さ。」


「…確かに…うん……でも不味い。」


「ははははは!!!!口に合わなかったか…残念。」


少しの間、黙って飴玉の味を噛み締めた。


「…よっし、そろそろ見てみるかい?初めては君に譲ろう。でもその前に…とりゃりゃりゃぁー!!」


「…ちょっ……うわっ……!?」


ハンカチで少女の顔を拭いてあげた。


「涙が目に入って、ぼやけてしまうだろう?」


「自分でも…出来るよ。じゃあ……見るね。」


少女は望遠鏡の中を覗き込む。どんな感想が出てくるのか、僕は期待に胸を膨らませる。


「七星…初原はつはら 七星ななほし。」


しかし…その期待は、裏切られた。


「え?」


「わたしの名前。あの時…あなたの事が嫌いって言って、ごめんね…」


表情は分からない…ただ。これだけは言える。


その後に続いたのは、少女の舐めていた飴玉が僕の足に落ちた音だった。


………


……


あれから僕は全身全霊を持って、この屋敷について調べ回った結果、初原家の本邸である事が分かった。


初原家は昔、金木家と双璧を成す酒造で名を馳せた名家で……


父の八代曰く、約30年前の今頃。当時、それを危惧した金木家が、お祝い品として渡した酒に毒を混入して密かに抹殺し、警察といった組織やマスコミを金とコネの力で黙らせて、隠蔽工作をした事を知った。


あの中で年齢的に唯一、お酒も飲めず、生き残ってしまった七星は、金木家に雇われてやってきた工作員に見つかりその場で、捕縛された事も含めて。


しかし…工作員が戻ってきた時には、縄が取れていて、その姿はどこにもなかったそうだ。



———あなたの事が嫌い。



七星から見て、僕は…一族の仇の息子だったって訳だ。


(七星は…どんな気持ちで、僕の事を……)


「………」


他の一族の遺体は、既に別の場所で処理されていたが七星の遺体は、地下室の酒蔵の赤ワインが入っていた酒樽の中で見つけた。


幼いながらも逃げられないと悟り、決死の思いで、自ら…死を選んだのだろう。


はなっから存在すらしなかった事件だ…僕でもどうしようもない。精々…綺麗になった庭園に墓地を作り、埋葬してあげる事くらいしか、出来る事はなかった。


「あれが…デネブさ。」


『違う…アルタイルだから。』


「なっ…これは、違うんだ。わざと君に花を持たせてあげたというか…ブランクというか。」


『…わたしの勝ち。』


「もう一問、もう一問出してくれ…頼む!!!」


『……どうしようかな。』


おかしい。雨なんて降ってない筈なのに……


「…は、はは。」


よく一緒に星について語り合った庭園に、小さな穴を堀り、僕なりに綺麗にした七星に土をかけていく。


(涙なんて…はは。小学生以来じゃないか。)


昼過ぎから初めた筈なのに、何度も作業が止まった所為で終わった頃にはすっかり夜になってしまった。


「……星でも見よう。あれがデネブか…」


孤独には慣れている。人間の醜さも知ってる…幽霊なんて信じていない…だけど。


「なあ。出てきてくれ…そこにいるんだろう?七星。」


極寒の地で裸でいるみたいに寒く…二郎系ラーメンを食べた直後くらいに胸が苦しかった。


………


……



3年後…七星の事を大事に心の中にしまい、命懸けで大学の単位を無事に取得して、僕は屋敷に戻って来ていた。


「はぁ。もう荒れてる…しょうがない。また修繕するまでさ。」


今回は3年しか過ぎてない事もあって、作業は1日で終わった。その夜…梯子を登り、展望台に来た。


「…3年ぶりか。」


七星の為に設置したのはいいけど、結局、僕は望遠鏡を覗いていない事を思い出したのだ。


「どれどれ…」


僕は望遠鏡を覗く。


「…………………」


3年間放置してあった望遠鏡にしては美しい星々を映し出していて……角度を変えて月を見た。


「?……あ!」


より拡大して、月面の様子を確認すると…見知った少女と視線が合って…口を開けた。



———待ってる



ガタッ


「あ痛っ!?」


思わず立ち上がりそうになって、天井に頭をぶつけて、悶絶しながら喉が枯れるまで笑った。


(死人…幽霊の癖に、月にいるなんて……せめて、地球にいろよ。)


「けど、面白い…」


七星と別れて以来、感じなかった高揚感で胸が熱くなり、凄い勢いで展望台を降りて、庭園に出て大きく息を吸った。


「待ってろ————————!!!!!!!!!!!!」


その時から、僕の余生は終わり…また、僕の人生が始まった。


…………


………


……



そして…4年後。こっちは冬だけど、今頃日本では夏だろう。


「お前ら…覚悟は出来たか?」


「おう。マイハニーとは、別れは済ませたぜ。絶対生きて帰るってな!!!!」


「娘にいい所見せないとね…タローは?」


「ん?僕??」


七星と初めて会った時に渡したスイカ焼きそば味の飴を舐めて…ニヤリと笑った。


「覚悟ならとっくに決めてる。何せ、月面にいる七星を探して地球に連れて帰るんだ…こんな所では、死なないさ。」


3人がキョトンとして顔を見合わせる中、僕は袋から4つ、飴玉を取り出した。


「まだ発射まで時間あるし…飴、いる?折角だから、美味しい奴をあげよう。」


「……本来なら良くないが…まあ、これも良い思い出になるか。1つくれ。」


「じゃあ、俺にもくれよ…!いつも舐めてるから、気になってたんだ!!」


「あ、じゃあ…私も…」



町外れの大きな丘の上にある荒れ果てた無人の館…そこには、幽霊が出るという噂があった。


その話は本当だった。何せ噂通り、幽霊がちゃんといたのだから。


昔は、幽霊といったオカルトを信じるなと八代に教育こそされていたが…心の何処かで、直接会って話をしてみたいと思っていた。


あの夏を僕と共に屋敷で過ごした、かけがえのない友なら尚更だ。


(だから…オカルト研究会を立ち上げたんだ。)


いざこざで、すっかり忘れていたけど…巡り巡って、ようやく初心に戻って来れた。


「ぐぉ…!?これは…」


「ぶぅえ!?」


「ぅ……こ、これ…何味?」


「これはね——」


スイカ焼きそば味があるのにも関わらず、追加で、飴玉を口に含む。


口の中で未だに存在を主張しているスイカ焼きそば味と合わさり、今世紀史上最高に不味くなった、究極の……


——スイカ焼きそば焼き鳥じゃがバター味さ!!!


                  了  























































































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