甘い香り
ハム子の墓の話題が出てから、数週間経ち、明日はバレンタインデーとなった。
あれから美穂が犯人だと言うことも、僕が見て見ぬふりをしたということも、誰にもバレることはなかった。
そんな今日の帰りの会、先生は「あ、そういえば。」と新しい話題を出した。
先生は僕達に向かって「明日は何の日かわかる?」と聴き、僕達が気づかなく黙っていると、「明日はバレンタインだ。くれぐれもお菓子は持ってこないように。」と言い放った。
何人かが「え〜」と声を漏らすも、それは貰う側の男子の声であると気づいた。
すると源が、
「友チョコも無しですかー!!」
と、机に張り付いて大声で聴いた。
「ダメに決まってるだろ。本命とか関係ないぞ。」
案の定きっぱり禁止されてしまった。
まぁでも、隠れて持ってくる人がほとんどで、こっそり渡しているが、きっと先生達は知っている。
放課後、すぐには帰らず優太と話をしていた。
「明日バレンタインだな。」
「ね。」
「俺らは貰う側だから心の準備だけしてればいいんだよな。あー楽しみ。」
「貰うの前提で話すなよ…」
「というか優太チョコ嫌いだよね?」
優太は「わかってないな〜」と言い、「こういうのは気持ちが好きだよ。貰うものはチョコ以外でもいいんだよ。」と話した。
「叶は三大欲求が失せた人間だから分からないだろうけど。」
まぁまぁ失礼な事を言われつつ、僕は「欲求とかは知らないけど僕にも一応感情はあるから」と言い返した。
そして次の日、登校すると先生が来ていないからなのか、佐々木香織が女子全員にチョコを配っていた。
席に着いて真希ちゃんに挨拶を済ませると、彼女は少し照れた顔で「これ、香織ちゃんに貰ったんだ。」と言った。
なぜ彼女がそこまで喜んでいるのか、本人曰く、「内気な性格な事を悩んでいたから、元気な香織ちゃんに認めて貰えて嬉しかった。」とのこと。
一時間目が終わった後、僕は変わらず教科書をめくった。
そして業間休み、ある人物から話しかけられた。
「叶。あの森に来て欲しい。渡したい物があるんだ。」
この日にこの発言はもうそれでしかないと、何となく悟りながらも、僕は彼女が教室から出ていった後、少し思った。ハム子のこともあり、少し警戒が強くなっているけれど、相手からしたらしたことを知られていない訳で、僕の気持ちは変わらず相変わらず仲が良い友達という認識で声をかけてきた訳で、僕は何一つ表情を変えずに「わかった。」と返事をした。そして、少し休んで体育館裏、そしてあの森に向かった。
「はい。バレンタイン。」
渡されたのは小さな取っ手付きの袋に入った箱だった。
「ああ。ありがとう。」
彼女は愛想笑いのように不器用に笑い、「どういたしまして。」と言った。
何故今までのように僕と優太に配るように渡すのではなく、僕単体でそれも誰にも知られないように渡してきたのかは分からない。でもこの表情から読み取れるほど僕は鋭い訳でもなく、ただ渡された袋を眺めた。
彼女は「委員会もあるし、先戻るね。」と言ってこの場を立ち去ろうとした。
「どうしてこの場所で渡してくれたの?」と聞いた。そうしたら「ちょっと良い場所で渡した方が何となくいいかなと。手間かけたんだったらごめんね。」って。僕は「いや。全然。」と返した。
その時間は袋を膝に抱きながらチャイムが鳴るその時まで森を意味もなく眺めた。
担任はともかく、先生達に見つかるとまずいので僕は教室に帰るとすぐランドセルに雑に詰めた。
そしてあっという間に帰りの会が終わった。内心期待はしていた。でも真希ちゃんは荷物をまとめ始めていた。これ以上期待するのはやめて、そしてもう帰ってしまおうかと、別れの挨拶をしようと思ったとき。
「叶君、ちょっと時間ある?」
真希ちゃんに呼び止められた。
空は夕陽のオレンジ色に染まり、静寂でなんだか柔らかかった。
鼓動が速い気がする。わずかの期待を持ち、波打つ心臓に反して冷静に「大丈夫だよ」と答えた。
「バレンタイン…渡したくて!」
そう言った彼女は僕の体に押し付ける形で、ピンク色で半透明のラッピング袋を使って包まれたチョコを渡してくれた。
「ありがとう。」
彼女は可愛らしく微笑み「うん!」と言った。
次の日の朝、優太は「実は菜月ちゃんからチョコ貰ったんだ。」と目線を逸らしながら照れくさそうに言ってきた。「どういう経緯で?」と聞くと、「昨日連絡くれたんだ。バレンタイン渡したいから会いに行きたい。って。だから俺と菜月ちゃんの家から近い駅で待ち合わせして。」と話した。
「美穂からは帰りに渡された。そっちは?」
「貰ったよ。業間休みの時。」
「いい奴だよな〜美穂は。」
「…真希ちゃんからは…?」
優太はニヤついて聞いてきた。
僕は「貰ったよ。」と言った。「お互いいい気分だな」と優太が言って、二人でその時の話をしながら、その後は気持ちに浸っていた。
そしてその後のホワイトデーでは美穂と真希ちゃんに同じチョコレートを同じ包み紙に入れて渡した。
二人共、笑顔で「ありがとう」と答えてくれた。
ホワイトデーを過ぎて、あっという間に気が付けば卒業式を迎える日が来た。
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