Epilogue‐あるいは、あなたが泣いた理由(わけ)‐
「心は決まりましたか?」
泰山府君就任式、当日――。
就任式のための準備を済ませ窓際に佇む火亜に、いつの間にか後ろから声がかかった。
部屋の扉の前に、煙のように悠々と立つ青年が一人。
火亜の泰山府君の補佐を務めることになる、紫だ。
「――ああ」
戦のことだろう? と火亜は視線だけではらりと振り向き、紫は言葉にはせず笑みを深める。
それを肯定と受け取って、火亜はくるりと向きを変え、身体ごと紫に向き直った。
「僕が本当にすべきことは、戦を突き放すことじゃない。戦が胸を張れるように、僕と出会えて良かったと心の底から思ってもらえるように、全力を尽くすこと。ただそれだけだ」
絶対に、絶対に後悔はさせないと誓うこと。
これからも一緒にいたいと、そう思ってもらうこと。
それが今は、一番大切だ。
「仰る通りです。では僕は、貴方様の決断を尊重するとともに、陰ながらお支えしましょう」
優雅に一礼した紫に、火亜はふっと微笑んだ。
「うん。ありがとう、紫。――これからも、よろしくね」
「……どうしよう有楽、こわい」
「ん?」
いつまでもざわめきがやまない就任式直前の式場の、その片隅で。
ぽつりと呟いた花日に、有楽は丸い大きな瞳を向けた。
「……どうしたの、花日」
静かに優しい声を受けて、花日はぎゅっと俯く。
「私……私たちは、火亜様のこと、信じてるよ。だからきっと大丈夫だって、思ってるけど、でもいざその時がきたら、やっぱり、怖い。就任式が終わったら、またなにかいろいろ言う声が聴こえそうで、体が、動かなくなる」
有楽は黙って聞いている。花日の体は震えてはいないが、足がすくんで視線が揺れて、思考がぐるぐると回っていることは、見ればわかった。
ずっと一緒に傍にいて、話していたのだから。
「なんていうかさ、心が、ぼろぼろになっちゃうの」
花日が吐き出す。
二人は聞いている。火亜が泰山府君に就任したとき、ここに溢れた言葉を。
「いつもなら全然気にしないことがグサグサくるし、言い返したくて、相手を否定したくなって。でもそんなことしたら、ますます治安悪いって言われちゃうから」
二人は知っている。火亜が否定される理由の一つに、自分たちがあることを。
「……それに、自分が傷ついたからこそ、大切な人たちに、仲良くしてくれる人たちに、同じ思いをさせちゃいけないって、させたくないって思うんだよ。でもどうしても、するべきだとは、思っちゃうの。同じくらい傷つけばいいのにって、そうしたら、どんなに辛かったか向こうにわかるのにって」
花日らしくない言葉で、でも誰より花日らしい言葉だった。
周りには雑音と、騒音。会場の隅の隅、小声で話す二人に気を留める者はいない。
きっと今この状況だから、隣に有楽しかいないから、花日はいつもなら言えないような、誰にも打ち明けられないような、薄暗く汚れていく心のうちを吐露できている。
ずっと、我慢していたのだろう。言いたくて、でも言えなかった。
今、ひとつひとつ言葉を選んで、それを自分の中から吐き出そうとしている。
有楽は黙って、その背中に手を添えた。花日はぐっと奥歯を噛み、嗚咽のように漏らす。
「だって、ずるい……有楽はあんなに苦しいのに、私だってしんどいのに、傷つけたほうはそれを知らなくて、気づいてもいなくて、平気な顔してるなんてずるい。だけどそうやってどんどん荒れてぐちゃぐちゃになっちゃうのが、そうやって攻撃的になっちゃう自分が嫌だ。でも、でも、頭ではわかってるのに心が全然納得しない」
「うん」
気づかれてたのか、と思った。でも、それはそうだ。
花日の前でもみんなの前でも笑顔でいたけど、こんなときこそ明るくならなければとふるまっていたけど、誰より自分を見ていた親友が、その奥底でうずくまる有楽の心を見抜いていないわけがない。
私のぶんも背負ってくれてたんだな、とぼんやり思って、背中に添えた手に一瞬力をこめて、すぐにゆるめて、ぽん、ぽん、とゆっくり叩く。
「傷ついた人ほど優しくなれるなんて、そんなのしんどいよ、有楽」
有楽の手が止まった。花日の瞳にいつの間にか涙が張って、ゆらゆら揺れて、小さく零れ落ちる。
「私は王宮の人たちの言葉ですごくぐしゃってなったから、相手に同じ思いをさせないように、頑張って我慢して、言葉を選んで、それで、なるべく穏やかに、優しくって思ってたけど。傷ついたから誰かに優しくできるけど、できることなら、私だって傷つきたくなかったし、有楽にも火亜様にも、あんな言葉は届いてほしくなかったよ。誰も傷つかないで、誰も傷つかせないで、皆が皆に優しくできればいいのに、なんで……」
涙をのんで、喉を震わせて、花日はかすんだ、湿った声でぐずりと泣いた。
「なんで私もあのひとたちも、一回痛い思いをしなきゃ、人に優しくできないんだろう……」
「……花日」
有楽が、花日の顔を覗き込む。
「ねえ、花日。帰ったらいっぱい泣こう。私が聞いてるから、好きなだけ泣いて、ぐちゃぐちゃした気持ちも全部言っちゃいな。外に出した方がすっきりするから。でも今はさ」
有楽が、にぱっと笑った。陽だまりのなかで花が開くような、ただひたすらに明るい笑顔。
「火亜様の好きなところ、二人でずっと話してようよ。それでこれから火亜様が出てきたら、私たちは全力で応援して、好きだなっていっぱいいっぱい全身で感じる! そうしたら、ちょっとは気持ち、軽くなると思うよ」
それが今は、きっと特効薬。
好きな人を否定されたからこそ、改めて向き合って、やっぱり好きだと実感する瞬間に全身に溢れる幸せを、有楽は確かに知っている。
「……あ」
ざわめく式場で落ち着かない気持ちを必死になだめていた戦は、ふいに式場の隅に視線を留めた。
有楽、花日。桃李の姿はぱっと見つけられないが、きっとあの二人の近くにいるに違いない。
それからさらに視線を巡らせると、神殿の手前に控える叡俊に、夾竹桃。
――みんな、いる。
有楽たちのところにいこうか、と体がほんの少し動いて、止まった。
今は火亜を好きな人ではなく、地獄を、閻魔王宮を好きな誰かと一緒にいるべきだと思った。
また何か言われるかもしれないけれど、そうすべきだと、漠然と。ただ、なんとなく。
それでもやっぱり、今まで話したことがない相手は怖くて、戦はおろ、と不安げな瞳を揺らした。
と。
「護衛のくせに、こんなところにいましたの?」
高飛車な口調、そして声がかかってくる位置も戦より高い。
振り向けば、呆れたように長い銀髪を払う桃李の姿があった。
「あの人のお傍にいなくていいんですの?」
あの人、とは聞くまでもなく火亜のことだ。
「え、あ、はい。今はその、私も一参加者として……そういう桃李様こそ、あのお二人と一緒にいなくてよろしいのですか?」
戦の視線が一瞬有楽と花日に流れたのを受けて、桃李は肩をすくめる。
「本気で好きな人たちは、本気で好きな者同士で楽しむべきですわ。わたくしはそれより、貴女と見届けるべきだと思いましたの」
桃李は当たり前のように戦の隣に立ち、神殿を見上げた。
「貴女はきっと同じ好きを持つ相手より、違う価値観の、それでもあの方を否定しない誰かと一緒に見るべきなのではと。そう思っただけですわ」
「……」
戦は驚いて小さく目を瞠った。
「すごいです、どうしてわかるんですか?」
「自分が居るべき場所くらいその場で見抜けなくては、鬼踵家養女は務まりませんわよ」
それと、と桃李が銀色に煌めく髪を翻す。
切れ長の紺青の瞳が、まっすぐに戦を射抜いた。
「わたくしは今回の就任式を改めて見て、きっぱり全部吹っ切ろうと思っていますの。あの方とわたくしは徹底的に合わないのだと。わたくしが添うべき相手はあの方ではなく、あの方が求めているのもわたくしではないことに、ここではっきり区切りをつけたいのですわ。そのときそのわたくしを、貴女に隣で見ていてほしいのです。他でもない貴女に」
いえ、見ていなくともかまわないから、ただ横にいてほしいのですわ。
そう桃李は硝子のように澄んだ声で言って、再び真っ直ぐに神殿に向き合った。
初めて会った時と、決定的に何かが違う。
変えたのはきっと、あの二人だ。あの笑顔が、眩しさが、優しさが、友達を想う気持ちが。
桃李はもう、前を見ている。遥か先を、凛と見据えている。
「……私でよいのかわかりませんが、桃李様がそう言うのであれば」
その横顔が決めたのなら、戦に断る理由はない。それに、桃李と一緒に見たいと思うのも本当だ。
戦もまた、神殿に顔を向けた。
かつて同じひとを見て、そして今日から反対の方向を向く二人の少女が、同じときを刻む同じものをひたと見据える。
「――桃李様」
「はい?」
「桃李様は、火亜様が泰山府君に、相応しいと思いますか?」
「そんなん、まだ就任してもないのにわかるわけありませんわよ。何言ってますの?」
思い切って口を開けば、形のいい眉を顰めた桃李に一蹴された。
それはそうだ。これ以上なく正論である。
だけど戦も閻魔王宮にいる他の人も、その就任の前からずっと、あっちに行ってこっちに行って、どうしたらいいかわからなくなって。
「でもまあ、有楽と花日が喜んでいましたから、いいことだなとは思いましたわ」
「……そうですか、やっぱり喜んで」
火亜の泰山府君就任が決まったときも、その後王宮内が荒れたときも、戦はあの二人とは会っていない。
火亜のことを慕うあの二人ならきっと飛び跳ねて嬉しがるだろうと思う一方で、閻魔王宮内に一時期蔓延していた不満が耳に届いていないかが心配だった。
いや、届いていないわけはない。
有楽にも花日にも、火亜にも。
あれほど大きな声の渦が、届いていない、わけはないのだ。
僅かに顔を伏せる戦を見て、桃李は顔をしかめた。
「まったく、あっちでもこっちでも湿気てますわね。別に外野がどう騒いでいようと、自分が信じると決めたならそれでよくありません? あなたはあなた、私は私。好きも嫌いも、信頼も不信も、不安も期待も人それぞれ。押し付ける必要なんてなければ、押し付けられる義理もありませんわ」
「……押し付けたい、わけではありません。どうしても受け入れられない人だって、きっといるんだと思います。それを否定したいわけではなくて、嫌いを隠してほしいわけでもなくて、ちゃんと自分の思っていることを言葉にするのは大切で」
そうだ、それだって戦は火亜に教わった。
自分の心が、何かを感じること。
その感情を隠したり誤魔化したりせず、言葉にしてみること。誰かに伝えること。
それは決してプラスの感情だけに限った話ではないはずだ。
ただ。
「ただ、その、自分が嫌だと思う相手でも、そのひとを好きな誰かがいるって、忘れてほしくないだけで」
するりと流れた言葉は、確かにそうだった。
きちんと拒否することだって、苦手なものを表明することだって、心を守るために、自分を守るために、きっと大切なのだろう。言わないでほしい、隠してほしい、とは言わない。むしろ言うべきだ。
でも、それでも。
口を開く前に、形にする前に、一歩立ち止まって考えてほしい。
その形が、鋭くなってはいないか。
自分が、自分の大切な人が、同じことを言われたらどう思うのか。
「それは難しいですわね。ていうか不可能に近いですわよ。そんなにお互い遠慮しあっていたら、言いたいこともろくに言えないのではありませんこと?」
戦が考えに考えてぽつぽつと言葉にしたものを、桃李はあっさりと両断する。
「貴方が、貴方たちが、傷ついたときにちゃんとやめてほしいって言えばいいのですわ。閻魔王宮の皆様は確かに最近考えが足りなかったり言葉が軽かったりしますけれど、人の声に耳を傾けないほど、常識なしではないでしょう?」
「……それは、そう、ですね」
「それか、この良さがわからないなんて可哀そうな愚民共、くらいに見下してやればいいのでは? わたくしも食パンの袋を止めるアレを馬鹿にしている輩を見ると、いつも心の中でそうしますわ」
「しょくぱん? ですか?」
「食べたことありませんの⁉ 最近人間界から仕入れた貴族の食べ物ですわよ! ケチャップ塗ってチーズ乗せて焼くとうんめえですのよ!」
「こ、今度食べてみます……」
貴族という概念を疑いたくなる言葉だが、ケチャップもチーズも知らない戦は桃李に圧され気味に頷く。しかし家でまともな食事をしたのなんて随分昔だし、一カ月近く生活して一度も食パンが食事に出ないことから閻魔王宮にもない可能性が高い。
はあっとため息をつくと、桃李はさらりと髪をかきあげた。
「それでですわね、そのパンの袋をお留めになるという重大な役目を果たしていらっしゃる水色のなんかがあるのですけれど」
「水色のなんか、ですか?」
「ええ。ああでも、色は場合によりますわね。とにかくその形がクールなのですわ! おまけに手ざわりも宇宙を感じられますの!」
「そうなんですね……?」
ちなみに正式名称はバック・クロージャ―というのだが、それを教えてくれる火亜は現在神殿の中で儀式の真っ最中だ。
「まあ、ともかく。大事なのは貴方が、火亜様をお支えすることではありません? あの人の性格なら自分のせいで貴方が泣くより、貴方に一言応援されたほうが何倍も力になると思いますわよ」
「――そう、ですね」
戦は、今度は素直に頷いた。
拒絶があるのは仕方ない。火亜が今後たくさんの人に出会って、お互いに知っていけばいくらかの声は肯定に変わるかもしれないが、どうしても交わらない相手だっているだろう。
ならそのぶん、自分が、そして有楽や花日たちのような「火亜を大切に想う人」が、その気持ちを届ければいい。
最終的に自分がすべきことも、気持ちも、そう同じところに行き着くのだ。
「あら」
桃李がふいに、顔を上げる。
戦もつられて視線を動かし、息を止めた。
神殿の扉が開き、火亜の姿が現れる。
泰山府君の衣装に身を包み、背筋を伸ばし、艶やかな黒髪を風に揺らして、堂々と一歩一歩。
一瞬ざわめきが巻き起こり、そしてさざ波が引くように静まり返る。
火亜はぐるりと会場を見回し、それから一枚の札を、すっと口元に運んだ。
『はじめまして。僕と会ったことのある人もいると思うけれど、今日をきっかけにお互い知っていけたらと思うから、まずはこの挨拶から始めさせてほしい』
火亜の唇が、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
一音一音、一言一言、丁寧に、大切に。
やわらかな低い声が響いていく。
火亜の声が空気を震わせるたびに、式場はしんとして、戦は静かに耳をすます。
一言一句漏らさず、すべてを聴き留めて、その姿のすべてをやきつけたくて。
眩しい。
凛と神殿に立って、泰山府君として話す火亜を見上げ、思わず瞳を細めてしまった。
『――僕は自分の想い、生き方、考え方、僕という存在を知ってほしい。
そして、今ここで生きている何百、何千、何万人の人たちの気持ちが知りたい。どれだけの時間がかかろうと』
あんなに一等微笑んで、人のこころにふれてゆく。
ああ。眩しい。
あまりに眩しくて、泣きそうになる。
火亜はどれほどのものを背負って、どれだけのものを抱えて、ここまで歩いてきたのだろう。
どれほどの傷を隠して今、ああして真っ直ぐに胸を張って、声をあげているのだろう。
それでもすべてをふりきって、自分の見据えるべき場所を一心に見つめて、精一杯に向き合う姿があまりにも優しくて、綺麗で、本当に、息を呑むほど、惹きつけられる。
ふと気になって目を向ければ、花日が目が溶けるのではないかと思うほど泣いていて、その横で有楽も目にいっぱいの涙をためながら花日を抱きしめていて。
戦まで瞳が潤んだ。
ああ。
そうだ。
火亜様はこういう人だった。
途方もなく、好きだな、と改めて思う。ますますその気持ちが強くなって、花びらが降り積もるように。この状況で揺ぎなくあの場所に立つ火亜に、なおいっそう。
遠いな。遠くて、でも誰よりも近い。誰より私たちに寄り添ってくれるその心が、言葉が、ひとつひとつが宝物になる。
『たとえどれほど否定されても、どれほど傷ついたとしても、僕はこの世界を、地獄を、心の底から愛している。
僕はここで生きていくと決めたし、ここで生きる人すべてのために全力を尽くすよ。――以上だ』
火亜が言葉を止めると同時に、ざっと嵐が吹き荒れるような拍手が鳴り響いた。
戦はせいいっぱい手を叩いて、隣で桃李もぱちぱちと控えめに、でもくっきりと微笑みを浮かべて拍手する。
――ふいにすぐ傍から割れるような拍手が響き、驚いた戦が振り向けば、いつも戦に声をかけてくれる女官だった。
十六歳なんて正気? と言ったあの人だ。でも、戦と仲良くしてくれて、気遣ってくれる優しいひと。
彼女が今、顔を輝かせて目いっぱい拍手しているのを見た瞬間、とうとう我慢できなくて涙が溢れた。
「良かったですわね――戦さん? ちょ、戦さん、どうしましたの?」
慌てた桃李に答えることもできないまま、涙が止まらなくなって口元を抑える。後から後から、壊れたように心が揺れる。
子供のように泣きじゃくった。
そんな戦を戸惑った顔でしばらく見て、桃李はおずおずと手を伸ばし、戦の肩に軽く手をふれる。
息をした。
濡れる視界のなかで、喉を震わせて呼吸する。吸って、吐く。
火亜と出会ってから、感情が動くことばかりだ。今までずっとこんなものは希薄に、心の中にあったことすら知らずに生きてきたのに。
そうやって、淡々と戦ってきたのに。
泣いてもいいのだと、自分が涙を持っているのだと、知ってしまった。
(火亜様は、すごいなぁ)
あれほど凝り固まっていたものを、自分の力で振りほどいてみせた。
自分が持つ声で、心で、少なくとも一人の想いを真正面から変えて、二人の心に響かせて、一人の心臓を貫いた。
すごいな。すごいなぁ、とひたすらに。
改めて、彼が泰山府君になったのだと、なれたのだと実感する。
そうだ、ああいう人だ。
こういう人だと、わかっていたのに。
「……あのひとの言葉も向き合い方も、とても素晴らしかったですけれど」
戦の肩に手を添えていた桃李が、ぽつりと呟く。
「戦さんは本当に、泰山夫君様――火亜様のことが、好きなのですね」
涙にうずもれる視界の中で、星空のような黒い瞳が、ふっと静かに見開かれた。
桃李のすっきりと晴れた紺青色の瞳が、戦の横顔を映していた。
「……はい」
苦しいと、思った。
でも、それだけじゃない。決してそれだけじゃなくて、今は。
火亜の中に秘められたものを、自分の胸に灯る感情を、はっきりとした言葉で知っている。
背中に、桃李のてのひらの温かさとやわらかさを感じる。濡れた頬と睫毛と、まだ涙のやまない目を腕で拭い、戦は桃李のほうを向いて、くしゃくしゃの顔で告げた。
「私は――火亜様が、大好きです」
あのときはまだ言えなかった、知らなかった言葉を、やっと。
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