明日はパンケーキ
別槻やよい
プロローグ
「パンケーキが食べたい。」
薄暗い部屋の中で、一人の少年がそう呟いた。
剥がれかけの壁紙が年季を感じさせる廃屋に、薄い木の板で半ば塞がれた窓からうっすらと光が差し込んでいる。乾燥した空気に漂う埃が、その光の中で小さな踊り子のように踊っていた。
部屋の中にはテーブルが一つ、それから座るたびに酷く音が鳴る椅子が二つあり、少年はそのテーブルの下で膝を抱えていた。毛の長い猫のようなダークブラウンのくせ毛の下から、半分伏せられた蒼い瞳が覗いている。彼は金属同士がぶつかり合う耳障りな音が遠くから聞こえた気がして、膝を抱える腕の力を心なしか強めた。
テーブルの下で少年がこぼした小さな呟きは、一人の男の耳に届いていた。彼は少年と同じ部屋の中にいて、閉じられた扉の向こうを伺うように耳を澄ませていたのだ。
外で戦っている味方に加勢したいところだが、そうすると自分が保護している少年の命を危険に晒してしまう。板挟みにあって纏まらない思考に焦りを覚えた男は少年の言葉に虚を突かれ、深い緑色の双眸が数度瞬いた。
男は剣を握る手が汗で滑ってしまわないように握り直すと、視線だけをテーブルの下へと向けた。
「……朝食のリクエスト時間はとっくに過ぎたぞ。」
「……。」
男が小声で返事をするが、少年はそれに答えない。別に、返事を求めたわけではなかったからだ。
そんな様子の少年に特に気を悪くした様子もなく、男はまた扉の外へ意識を集中させる。彼もまた、少年からの返事があるとは思っていなかった。
張り詰めた空気の中で、少年は黙ったまま膝に顔を埋めると、そのまま暗闇に意識を溺れさせた。
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小説投稿を始めてから、初めての連載形式です。
書き溜めてある分までは一日一話のペースで投稿させていただこうと思います。初回だけ、プロローグと第一話、第二話の二つを公開します。
至らぬ点も多々ありましょうが、どうぞ見届けてくださいませ。
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