観測ログ23:別れと決意

村の居酒屋──


 外はすでに日が落ち、酒場の窓には明かりがぽつぽつと灯っていた。ダンジョン調査の最終報告も終わり、明日には《静かなる剣》とミニーが王都へ帰ることが決まっていた。


 その夜、冒険を共にしてすっかり仲良くなった仲間たちは、村の居酒屋の一室で小さな送別会を開いていた。


 居酒屋の奥まった個室には丸い木のテーブルが置かれ、そこに並んだ料理は特別豪華というわけではないが、いつもより丁寧に用意された皿が並んでいた。肉の焼ける香ばしい匂い、野菜の煮込みの柔らかな香り、そして新鮮なパンの甘い香りが部屋の空気を満たす。


 ミアが皿をぺろりと平らげながら言う。


「ふえぇ~食べすぎた~。でも美味しかった~!」


「はは、お前はほんとによく食うな」


 ライガが笑いながら頬張っていた骨付き肉の皿をどんと置くと、ふと思い出したように切り出す。


「そうだ、俺たちのパーティ名…《咆哮の剣》に決めたぞ!」


 その言葉に、エリシアがぱちりと瞬きをして応える。


「へぇ、いい名前じゃない。《静かなる剣》との対比にもなってるのね」


 その横でカイルが小さく吹き出した。


「まあ、どう考えてもお前とミアのセンスじゃないな。考えたのはヴォイドか」


「ひどいなあ、カイル! 一応私も考えたんだよ?有力候補は “牙と耳”とか、“にぎやかな剣”とか!」


「……センスが壊滅的ね♡」


 ミニーが笑いながら豪快にグラスを傾けた。


「《咆哮の剣》か。力強くて、あなた達らしくていいと思うわ。ね、グラディオ?」


「あぁ…いい。」


 その声に、ライガとミアは照れくさそうに笑った。


「まあ、少しでも《静かなる剣》に近づけるように頑張るよ。すぐ行くから王都で待っていてくれ」


「そう簡単に近づける《静かなる剣》じゃ無いわよ。こっちではクラン設立の手続きも進めておくわ」


 エリシアが静かに頷く。




◆◆◆

 



一同がひと息ついた頃、ギルドでの仕事を終えたダリオとラナも合流し、場の会話に花を添えていった。


「えー? ダリオって昔はAランクだったの?」


 ミアの驚いた声に、カイルが頷いて答える。


「ダリオと、そこにいるラナ、それに今は門番やってるバイス。あと、ダリオ奥さんで、メル。全員この村の出身四人でパーティー組んでてな。パーティー名は《ベルツの夜明け》だったか?」


「そうだったわね。《俺たちはベルツに夜明けをもたらす!》なんて、恥ずかしいセリフ言ってたわ」


 ラナが照れくさそうに笑う。するとダリオも肩を竦めながら答えた。


「……あの頃は若かったんだよ。今では思い出すだけでこっぱずかしい」


「メルは元気でやってるの?」


「相変わらずだよ。今じゃすっかり宿屋のおかみさんさ」


「えっ……その宿ってまさか……?」


「ああ。お前もお世話になってるだろ。《精霊の宿木亭》だよ」


「おかみさんが元Aランク冒険者!? ダリオがルークの父親?なんか頭がおかしくなってきた。この村、普通じゃない……」


 呆然とするミアに、ダリオが懐かしそうに語りはじめる。


「十年くらい前までは何もないただの村だったんだが……あるとき、あのダンジョンが発見されてな。国の管理になるのはいいが、運営できる人材がいなかった。そこで、この村出身のAランクの俺たちに話しが来た。

ちょうど結婚してメルが引退を考えてた時だったから話し合っていっその事パーティー全員引退しようかって事で村に戻って来たって訳さ」


「静かなる剣も、駆け出しの頃ここのダンジョンで腕を磨いたんだ」


「宿も、あそこだったな……」


 グラディオが静かに頷く。


「私とメルちゃんは、教会で一緒に修行してた仲なのよん♡」


「ダリオと門番のおっちゃんはまだ分かるが……ラナが元Aランク冒険者? ラナの職業は?」


 ライガがぽかんとした顔で尋ねる。


「私は優秀な斥候よ!」


「……ウソだろ? パーティー全滅するぞ」


「そう思うだろ? でも、駆け出しだった俺にいろいろ教えてくれたのはラナなんだぜ?」


「まさかのカイルの師匠……!? 言われてみれば、ラナさんってたまに鋭い時あったよな……」


 ミアが指を立てて言った。


「じゃあ、ラナさんは私の師匠の師匠? 大師匠だー!」


「他のみんなには言ってないんだから、ただの受付のお姉さんでよろしくね!」


 そう釘を刺すラナに、誰かがふと問いかける。


「あれ……じゃあ、ラナって何歳……?」


 瞬間、ものすごい殺気が走った。誰もそれ以上、追及することはできなかった。




◆◆◆




 ヴォイドの足元には、あの不思議な猫がちょこんと座っていた。


全身は黒く、角度によって銀のようにも見える。尾は二本あり、金と銀のオッドアイが特徴的だ。


ヴォイドは皿に残っていた肉の切れ端を拾い、猫に差し出した。


「ほら、シュレイ。これ、食うか?」

 

「その子……名前付けたの?」


「ん? ああ。いつも気づいたらいるようになってな。いつまでも猫って呼び続けるのも可哀想だと思って」


 ヴォイドはどこか懐かしそうに目を細める


「ヴォイド!あなた“それ”に名前をつけたの……っ!?」


突然立ち上がったエリシアの声に、周囲が一瞬静まり返る。


「そんなにびっくりすることか? ただ猫に名前をつけただけだろ」


 シュレイは驚いたように毛を逆立て、「シャーッ!」と威嚇した。どうやらエリシアの事が苦手らしい

 

エリシアは眉をひそめつつ、ため息をついた。


「まあ……本人同士がいいなら、何も言わないけど…驚いただけよ」


「お前、シュレイに嫌われてるんじゃないか?」


「えぇ、たぶんね。動物に嫌われるタイプなの、私」


 部屋の空気がやわらぎ、笑い声が再び広がる。


送別会はそうして、穏やかに、そして名残惜しくも夜更けまで続いた。





◆◆◆





 ──翌朝。


 街の南門に、馬車が一台待機していた。


 王都へ戻る彼らのためにためギルドがチャーターしたのだ。

 荷物を積み込み終えた「静かなる剣」とミニーが、門の前で仲間たちに別れの挨拶をしていた。


「それじゃ、また王都で会おう!」


 ライガが力強く右腕を突き出す。


「王都へ行ったら……いろいろ教えてくれ」


グラディオは無言で拳を合わせたあと、ぽつりと返す。


「……お前は素質はいい。きっと強くなる」


 ミアはカイルとハイタッチしながら言った。


「次会う時こそは後ろをとってみせるわ♪出来たら奢ってね!」


「ああ!本当にそれが出来たらなんでも奢ってやるよ!」


 ミニーはヴォイドの前に立ち、少しだけ寂しそうに笑った。

自慢の筋肉も少し萎んで見える。


「次は王都でデートしましょうね♡私はソロだけど、あなた達ともまたパーティーを組みたいわ」


「デートはしないがまた王都で会おう」


 そう返すと、ミニーは名残惜しそうにウィンクしながら言う。


「もう、素直じゃ無いんだから♡」


「……。」ヴォイドは何も言えなかった


 最後に、エリシアが馬車の扉に手をかけながら言った。


「王都のクラン拠点で待ってるわね。……それまで、元気で」


「ああ。すぐに行くから。それまでエリシアも元気で」


 そして、扉が閉まり──馬車が、静かに走り出す。


 砂埃を巻き上げ、ゆっくりと街道を進んでいく後ろ姿を、ヴォイドは黙って見送っていた。


 シュレイがその隣で、尾をふたつ揺らしながら座っている。


 仲間との出会い、別れ。


 静かに積み重なっていく時間が、彼の旅の歩幅を確かに広げていた。


(また会う日まで)


 そう、心の中でひとつ呟いて──

 ヴォイドは踵を返し、これからの歩みに向けて一歩を踏み出した。

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