観測ログ22:咆哮の剣
冒険者ギルドの受付。
薄明かりの中、いつものようにギルドの受付、ラナが静かに立っている。
「ヴォイドさんを正式にDランクの認定するわ」
彼女の声はいつもの明るさを抑え、真剣な響きを帯びていた。ヴォイドはその言葉を聞いて少しだけ背筋を伸ばす。
「ありがとう」
一礼しながら、彼は心の内を押し殺した。なぜなら、本当はもっと高いランクに昇格できることを知っているからだ。
ラナはギルドタグを手に取り、淡々と説明を続ける。
「先日も話したけど、ヴォイドさんの実力なら本来はCランク。でも、あなたが“Dでいい”って言うから、そのままにしてるの」
ヴォイドはゆっくりと息を吐いた。
「何度も言ったが目立ちたくないんだよ。EランクからいきなりCランクに上がって自分の力が注目されれば、無用なトラブルを呼び込む可能性がある。だから、1つずつゆっくり行こうと思ってる」
ラナはその言葉に微笑みながらも、どこか心配そうだった。
「分かるわ。でも、その選択が君の首を絞めることにならないよう、十分気をつけて」
彼女は更新したタグを差し出した。
「これでヴォイドさんは正式にDランク冒険者よ。これからの活躍を期待している」
ヴォイドはそれを受け取り、ゆっくりと頷いた。
「はい、ありがとうございます」
その瞬間、部屋の空気は少し和らぎ、二人の間に確かな信頼が生まれた。
だが、ヴォイドの胸の内にはまだ複雑な思いが渦巻いていた。
(いつか、もっと強くなりたい)
その願いは、誰にも見せぬ決意として、静かに心の奥底に刻まれた。
◆◆◆
ギルドの奥、静かな部屋にある魔導タブレットの前で、ヴォイドは両手を端末に置いた。
淡く浮かび上がる自身のステータスに目を向ける。
──── ステータス表示────
【名前】ヴォイド
【種族】人間(?)
【レベル】12
【HP】185〜230
【MP】620/∞(自己観測時のみ)
【筋力】28〜36
【敏捷】24〜31
【知力】78〜86
【精神】91〜105
【運】???(定義不能)
【ユニークスキル】
◆確定観測(読取不能)
【スキル】
◆重力操作
◆ブラックホール
◆ホワイトホール
◆重力波感知(探索型)
◆観測
◆鑑定(低)
【称号】
◆初心者ダンジョン制覇(未踏破エリア)
◆世界を手にした者(NEW!)
「……これが俺のステータスか」
(前回から観測と鑑定が増えてるな)
「何か書くものは持ってるか?」
ラナから受け取った紙に、表示されたステータスをひとつひとつ書き写していく。
ただし、ユニークスキルと──この称号は書かない方が良さそうだ。
「ちょっとこの画面を見てくれ」
ヴォイドはためらわずに画面を持ち上げ、紙に書いた数値と並べながら訊ねた。
「君たちにはどう見える?」
ラナが目を細めて画面をのぞき込む。
「……筋力が私が見たより高いわ。魔力はやや低めかしら。敏捷は、君の表示より少し低いけど、まあ高水準ね」
ライガも腕を組みながら言う。
「俺から見ると筋力はもっと高いな。敏捷は悪くねぇが、お前ほどじゃねえ。魔力は……まぁ低い」
ミアはにこにこしながら言った。
「私は敏捷がもっと高く見えるよ! 筋力はまあまあ、魔力は低めかな」
ヴォイドは、皆の反応を聞きながら静かに頷いた。
「……ユニークスキルも、読めないか」
三人とも首を振る。やはり、彼以外には読めない。
「それに、称号の二つ目も“何かを手にした”としか見えない。読めないわ」
「ヴォイドには、読めているの?」
「いや、俺にも……読めない。ただ、そう“感じる”だけだ」
ラナは真剣な表情で呟いた。
「まるで、見る者の意識が実体の一部を形成しているみたい。面白いわね……」
ヴォイドはスキル欄の文字に指を伸ばしてみたが、やはり反応はなく、詳細は表示されなかった。
そして、タブレットの画面の隅に小さく浮かんでいた。
【称号:『世界を手にした者』】
──世界、か。
いつ手にしたというのだろう。
「……これが、俺の新たな称号か」
彼は小さく、誰にともなくつぶやいた。
◆◆◆
ヴォイドが魔導タブレットから手を離した後、ふと思いついたように言った。
「……もしよければお前らのステータスも、見てみたい。他の冒険者がどんなもんなのか知っておきたいしな」
「お、いいね♪」とミアが食いつくように答え、先に両手をタブレットに置いた。
──── ステータス表示────
【名前】ミア
【種族】獣人(兎族)
【レベル】13
【HP】210
【MP】180
【筋力】72
【敏捷】144
【知力】92
【精神】81
【運】98
【職業】斥候
【スキル】
◆気配察知
◆身軽
◆跳躍
◆弓術
◆短剣術
◆影走
【称号】
◆初心者ダンジョン制覇(未踏破エリア)
「おぉー、さすがミア。敏捷がずば抜けてんな」
ヴォイドの言葉に、ミアは得意げに笑った。
「へっへーん、素早さだけなら誰にも負けないよ!気配察知で先手を取れるしねー♪」
続いてライガが黙って端末に手を置く。
──── ステータス表示────
【名前】ライガ
【種族】獣人(獅子族)
【レベル】14
【HP】340
【MP】90
【筋力】138
【敏捷】84
【知力】61
【精神】78
【運】72
【職業】戦士
【スキル】
◆強撃
◆挑発【咆哮】
◆大剣術
◆鉄壁
【称号】
◆初心者ダンジョン制覇(未踏破エリア)
「こっちは安定してるな……筋力とHPが高い。まさに前衛向きって感じか」
ライガはにやりと笑った。
「しばらく確認してなかったがだいぶ上がったな!この調子でガンガンいくぜ!」
ライガとミアはステータスを見せながら冗談を飛ばし合い、どこか嬉しそうにしていた。
そのやりとりを見ながら、ヴォイドはほんの少し口元を緩めた。
(……この二人となら、バランスがいい。確かにやっていけそうだ)
◆◆◆
昼下がりのギルド酒場。ランチタイムを迎え、席には次々と湯気の立つ料理が運ばれてくる。
ヴォイド、ライガ、ミアの三人は、一つの丸テーブルに集まっていた。
「それで、ステータスも確認したし、登録も済ませたよな」
「うん。あとは……パーティ名、か」
ミアが手に持ったスプーンをくるくる回しながら呟く。
「あー、やっぱ決めるか……名前」
「うーん、悩んでたんだよねー。せっかくだからカッコいいのがいいな」
ミアは椅子に座りながら両手を組み、ぶんぶんと揺らす。
「『うさぎの牙』とかどう? 機敏な私を象徴してるっぽくない?」
「はは、じゃあ俺は『獅子の長耳』とかにするか?」
「なんかそれ、耳が強調されてない? というか私の要素しかないじゃん!」
「いやいや、じゃあ『牙と耳』とか?」
「悪くはないけど、ちょっと地味かな~。もっとこう……ズドン!ってくる名前がいいよね!」
「やっぱり静かなる剣みたいなのがいいよねー♪」
「じゃあにぎやかな剣は?」
「うーん悪くねえな」
(マジかよ。にぎやかな剣に決まっちゃいそうだぞ…)
ふたりのやり取りを、ヴォイドは静かに眺めていたが──見てられなくなりついに、ぽつりと呟いた。
「……あー“咆哮の剣”ってのはどうだ」
その一言に、ふたりの動きがぴたりと止まる。
「咆哮……の剣?」
ライガが繰り返し、口の中で転がすように言った。
「咆哮、って俺の“吠えるスキル”と……剣は冒険者の象徴だ。響きもいいな」
「カッコいい! それに名前のバランスもばっちり! 強そうだし!」
「おお、決まりだな!」
ミアとライガが声を揃えて笑う。
「ありがとう、ヴォイド。名前のセンスあるな」
ヴォイドは軽く肩をすくめて返した。
「思いついただけだ。お前らに合ってると思ったから」
昼食を終えた三人がカウンターへ戻ると、受付のラナがタイミングよく顔を出した。
「あ、ちょうどよかった。パーティ名、もう決まった?」
「ああ。“咆哮の剣”で頼む」
「へぇ、いい名前ね。響きも強そうだし。……じゃあ、“咆哮の剣”で登録しておくわね」
ラナはどこか嬉しそうに書類をまとめると、正式な登録処理を進め始めた。
こうして──パーティ名“咆哮の剣”が誕生した。
基本的には獣人のコンビ。
そしてサポートメンバーとして傍らに立つ静かな観測者。小さな三人組の冒険は、まだ始まったばかりだ。
◆◆◆
「よし、これでパーティとして正式にギルドに認められたな」
ライガが言うと、ミアも自然と笑顔を浮かべる。
「じゃあ、このまま初めての依頼に行っちゃお♪」
ミアが元気よく声を上げ、ライガも頷いた。
「ラナ、俺たちにちょうどいい依頼、なんかないか?」
受付のラナは依頼書の束をめくりながら考える
「Cランクの討伐依頼って、この村にはあまり多くないのよね……でも、ちょっと待って」
「あ、あったわ。近くの森にシャドウスパイダーっていう蜘蛛の討伐依頼があるわ。数も一体だし三人で行くには悪くないかも」
「よし、それで決まりだな」
三人は軽く拳を握り、気合を入れ直した。
「行こう、“咆哮の剣”!」
「俺はソロだ!忘れるなよ」
「細かいことはいいじゃん!
一緒にがんばろー♪」
◆◆◆
夕方、ヴォイド達は依頼を済ませてギルドに報告に来ていた。
「シャドウスパイダーの討伐、無事に終わったよー♪」
ミアが報告を始める。
ラナは書類から目を上げ、真剣な表情で言った。
「お疲れさま……それで、どんな様子だったの?」
ライガが腕を組みながら説明を続ける。
「依頼書より数より多かった。シャドウスパイダーは2匹いて、まあこいつは楽勝だったけど……」
「でも、その後に現れた大きな蜘蛛が手強かったんだー」
ミアが少し興奮気味に続ける。
「毒を吐いてきて、危なかったよ。ヴォイドが観てくれたおかげで助かった」
「え!?三体も?それに毒?
シャドウスパイダーに毒はないはずだけど…?」
ヴォイドは討伐証明の牙をそっとテーブルに置きながら話す。
「依頼書には一体ってあったけど、確かに三体いた。大きいのはきっと上位種だ」
ラナは討伐証明と依頼書を見比べて眉をひそめる。
「……大きい方はナイトメアスパイダーね。よく見ると依頼が出されたのは一年前。その後に数も増え、進化した可能性が高いわ」
彼女は少し考え込み、声を潜めて言った。
「あなた達だから無事で帰って来れたけど、古い依頼は現地の調査に切り替えるとか、こちらも臨機応変に対応しなきゃいけないわね」
「売れそうだと思って持ってきたんだがこの辺の素材は?」
ヴォイドが尋ねると、ラナは微笑んだ。
「質は良さそうよ。糸や毒線は装備品の製作に役立つわ。ギルドで買い取ってもいいけど王都に行く前に持ち込みで装備を作ってもいいんじゃない?」
「おぉ!そうするか!」
三人は新しい装備に期待を膨らませるのだった。
◆◆◆
夜風が窓を軽く揺らし、涼やかな空気がカーテンを撫でた。
ヴォイドはいつものように装備を外し、荷物を点検しながらふと、ふと思い出しブラックホールから黒い球を取り出す。
漆黒の球。
ダンジョンの最奥、あの異常な魔力が渦巻く空間で手に入れた、名前も性質もわからない謎の物体。
(……昨日までは、ただの黒だったはずだ)
無意識のうちに手を伸ばし、そっと球に触れる。
表面は滑らかで冷たく、今も微動だにせず、ひび割れもなければ継ぎ目もない。だが──
中に、何かがある。
漆黒の内側。
光を吸い込むような暗闇の、そのもっと奥。
ほんのわずかに、点のような光が──見えた“気がした”。
「……気のせいか?」
ひとつ、またひとつ。
まばたきするほどのわずかな光点が、黒の奥に浮かんでいるように見える。
数えられるほどの、静かな、微かな輝き。
何かが始まろうとしているのか。
それとも、ただの錯覚か。
ヴォイドはしばらく見つめていたが、やがて球をブラックホールに戻した。
深く追うにはまだ早い。それに──今は眠るべきだ。
部屋の灯を落とすと、微かに見えていた光点もまた、闇に溶けていった。
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