観測ログ09:落星棍と二つの尾

「ヴォイドさん、今日はもう依頼禁止です!」


ギルドに顔を出した途端、受付嬢ラナの声が飛んできた。


「え?」


「え、じゃありません! ずっと連日依頼と講習詰めでしょ? これまで一日も休んでないんですから、今日は強制的に休暇です!」


ラナの真剣な目に気圧されて、ヴォイドは素直に頷いた。言われてみれば、異世界に来てからというもの、気が抜ける時間がほとんどなかった。

元の世界じゃブラック大学院生で休日という概念がなかったからな…


(……じゃあ今日は、昨日思いついた“武器探し”にでも使うか)


頭に浮かんでいるのは、杖としても棍としても使える武器。魔法も打てて殴れる、そんな都合のいい武器がこの世界に存在するかは分からないが、とりあえず探してみる価値はある。




◆◆◆




最初に訪れたのは、市場通りにある武器屋だった。


店内には鉄製の剣や槍、斧など、前衛向けの武具がずらりと並んでいる。その中に、棍――つまり打撃用の棒も数種あった。


「この棍、魔力通しますか?」


店主の中年男性は苦笑しながら首を振る。


「通らんね。そもそも棍は殴るための武器だ。魔力なんて通すように作ってねぇ。魔力を流せば、折れるか弾かれるぞ」


棍はやはり“殴る専用”。魔法を流せるような材質ではないらしい。


(じゃあ、杖の素材ってどうなってるんだ?)


次にヴォイドは、近くの杖屋へ足を運んだ。


この店には導魔性の高そうな杖がずらりと並んでいる。だが、どれも細身で華奢だ。触らせてもらうと、見た目以上に軽い。


「杖は導魔性が命ですからね。導芯には魔力をよく通す素材を使って、周囲は軽くて壊れにくいもので補強してるんです」


そう語る店主は、ヴォイドの希望に首を傾げた。


「棍としても使える杖? ……無理とは言わないが、普通は作らない。杖術は敵をいなして前衛のサポートを待つ時間稼ぎのための技術で、魔術師は前に出ないのが基本ですから」


(やっぱり、理想の武器なんて簡単には見つからないか……)


落胆しかけたそのとき、ふと視線の端に、店の奥に立てかけられた一本の無骨な棒が目に入った。


「……あれは?」


「ああ、あれな。先代の頃あるんだが今では誰が持ち込んだかも分からん代物でね。導魔性がバカみたいに高くて、杖に加工しようと削ってみたが――硬すぎて刃が折れた。

 おまけに重すぎて、魔術師が使えるもんじゃないって話で、動かそうにも重くて大変だってんであそこに放置されてんのさ」


「少し、持ってみてもいいですか?」


「そりゃあ構わんが……本当に重いから、怪我すんなよ?」


ヴォイドは静かに棒へと手を伸ばし――重力軽減を展開。


ヒョイ、と肩に担ぎ上げる。


「……っ、これ、すごい」


手に伝わる感触はずっしりとしていたが、魔力がまるで水のように通っていく。


(……これは。隕鉄か)


空を渡った隕石の金属。高密度で加工困難だが、導魔性に優れる希少素材。研究室時代に聞いたことのある名前が、ヴォイドの脳裏に浮かんだ。


「おいおい、見た目に似合わずずいぶん力持ちだな?」


「はは……鍛えてるんで」


「処分したいだけだったから、そいつはタダで持っていっていいぞ」


「それじゃ悪いので……こちらの短杖をいただきます。練習用に」


銅貨5枚の簡素な杖を購入し、店を出る。だが、隕鉄の棒をそのまま持ち歩くのはあまりに目立つ。


(……普段はブラックホールに入れておくか)


思いつき、ヴォイドはもう一度武器屋に戻り、銀貨1枚で硬木製の棍を購入。先端は鉄で補強されており、外見も手頃なものだった。


「これで普段は棍と杖。隕鉄棒は隠し武器として使おう」


手に入れた武器は、どれも高価な品ではなかったが、彼にとっては必要十分だった。


(いやー、思ったより安く済んだな)




◆◆◆




香ばしい匂いに誘われて、市場通りの屋台へ足を向けた。

炭火で焼かれた肉串が鉄板の上で音を立て、通りには食欲をそそる煙が漂っている。


「肉串一本、銅貨一枚! うまいよ!」


「二本ください」


串を受け取って、屋台脇のベンチに腰を下ろす。

かぶりつけば、しっかり焼かれた肉のうま味が口いっぱいに広がった。


(ちゃんと魔物肉使ってるな。安いが、質は悪くない)


腹を満たしていると、ふと足元に気配を感じた。


視線を下ろすと――光の加減で銀色っぽく見える、黒い猫が一匹、じっとこちらを見上げていた。


よく見れば、金と銀のオッドアイで尾が二本ある。


どちらも長く、しなやかに揺れている。

ただそれだけなのに、どこか現実から少しだけ浮いたような、妙な違和感があった。


(魔物じゃない……よな?)


気配に敵意はなく、猫の瞳からふっと魔力が走った気がする…


「え、鑑定された!?」


「まさかな……腹、減ってんのか?」


そう呟いて、串からひとつ肉を外すと、ベンチ脇の地面に置いてみる。


黒猫は少しだけ間を置いてから歩み寄り、そっとそれを咥えた。


そして――何気ない動きで頭をひとつ、下げた。


「……」


特別な意味を込めたようにも見えるし、ただの偶然にも思える。


そうして黒猫は静かに踵を返し、通りの中へ――姿を消した。


(……今の、何だったんだ?)


気配は完全に途切れていた。足跡も、肉の痕もない。


(ただの野良猫……ってことにしとこう)


あまり深く考えるのはやめて、ヴォイドは最後のひと口を口に放り込んだ。

串をゴミ箱に捨て、立ち上がる。


(さて、防具でも見てみるか)


腹を満たし、少しだけ気の抜けた空気のまま。

けれどどこか、さっきの黒猫が頭の片隅に引っかかっていた。


“観測しなければ存在しない”――そんな感覚を、思い出しながら。




◆◆◆




肉串で腹を満たしたヴォイドは、ふと思いついて市場通りの端にあるギルドから薦めされた防具屋へと足を向けた。


(武器は手に入った。となると……防具も最低限、あった方がいいよな)


店内には革鎧、肩当て、脛当てなどがずらりと並んでいる。鉄製の重装備もあるが、どれも高価そうで今の自分には手が出ない。


「いらっしゃい。……おう、見ねえ顔だな。新人か?」


声をかけてきたのは、日に焼けた腕っぷしの太い店主だった。


「ええ、昨日Eランクに上がったばかりで。軽くて、安めの防具を探してます。予算は……銀貨2枚までで」


「得物は何を使うんだい?」


「コレと、魔術を少し」


さっき買ったばかりの棍を見せながら言う。


「珍しいモン持ってるな。で、魔術も使うなら、これなんてどうだい」


彼が取り出したのは、簡素な革ベストと、膝と肘を守る布製のパッドセットだった。どちらも使い込まれてはいないが、華やかさは一切ない実用品といった趣だ。


「胸と背中だけでも守っておけば、致命傷にはなりにくい。脇や腕は薄いが、動きやすさ重視だ。あんた、魔術もやるなら重装は合わないだろ?」


「……これでいくらですか?」


「合わせて銀貨1枚半。余った分で、これもつけときな」


そう言って差し出されたのは、手のひらを保護する薄手の革手袋だった。


(助かる……下手な打撃で手を痛めると、魔術にも支障が出る)


「買います。よろしくお願いします」


ヴォイドは銀貨2枚を差し出し、店主は丁寧に包んでくれた。


「初めての防具ってのはな、愛着が湧くもんだ。手入れをサボるなよ。あと、命を守るのは最終的に経験と判断力だ。防具はその次ってこと、忘れんな」


「肝に銘じます」


装備を肩に抱えて店を出ると、あたりはすっかり夕暮れの気配に包まれていた。




◆◆◆




宿屋の自室に戻ると、ヴォイドはさっそく新しい防具を広げてみた。革の匂いがほのかに漂い、手袋を嵌めるとしっとりと手に馴染む。


(最低限の装備は整った。あとは――使いこなすだけだ)


隕鉄の棍、硬木の棍、簡素な杖、そして革の軽装。自分の戦い方に必要な道具は揃ってきた。


(次は、術式の調整と、コイツに慣れる訓練か)


重力軽減なしでは持てない隕鉄で出来た棍を取り出して思う。


名前か……


隕鉄…隕石……流星………!


「落星!落星棍(らくせいこん)にしよう!」


落星棍が嬉しそうに震えた気がした


ようやく、自分の力で立つための「土台」が築かれはじめた気がしたからだ。


ヴォイドは窓を開け、夕焼けに染まる村を見下ろした。


明日から特訓だ――世界と、自分自身を、確かに“観測する”ために。

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