観測ログ08:棍と術式と、魔術の理

ギルド講習・二日目──午前。

ヴォイドは訓練場に立っていた。

今日は、Eランク昇格に伴うギルド教育の「武術講習」が行われる日だ。


「よし、そこの新入り!」


どこか荒っぽい声が飛ぶ。現れたのは、傷だらけの顔に筋骨隆々とした体格の中年男性だった。背には使い込まれた剣を背負っている。


「お前、武器は何を使うんだ?」


「えーと……ナイフを少し。あと、魔法を」


「魔法?あぁ、魔術師だったのか! じゃあ何でこっちに来た!?

講習は魔術か武術どっちかでいいんだぞ!」


「え!? そうなんですか?

ラナさんから申し込んどいたから行けって言われて……」


「ったく、ラナのやつ……。まあ来たからには、ついでに体を動かしていけ!」


中年教官はぶっきらぼうながらも、受講を許してくれた。

訓練場には他にも何人かの新人冒険者がいて、すでに木剣や練習用の槍を手にして準備している。


「まずは基本だ。この場にある武器、いろいろ試してみろ。使いやすいと思ったものを選べ」


ヴォイドは並んだ武器を見回す。大剣から剣、斧、槍、ナイフ、素手用の籠手──どれもこれも殺傷力が高そうで、正直あまり気が進まない。


(うーん……俺は基本的に後衛だから斧とか大剣は論外。

剣や槍はカッコいいし憧れるが血が出たり色々グロそうだし、……拳で殴るのも自分の手が痛そうだし、なによりゴブリンとか触りたくない……)


ためしにいつも使っているナイフを振ってみるが、どうにも“補助”という印象しかない。攻撃の主軸にするには自信が持てなかった。


(やっぱり俺、接近戦は向いてないな……)


そこでふと、隅に立てかけられた一本の棒? に目が留まった。


(あれ……棍か。あれならある程度長さもあって距離を取れるし牽制に使えそうだから持っててもいいかもな……)


そっと手に取ってみると、思いのほか手になじんだ。バランスも悪くない。ゆっくりと振ってみると、意外にも扱いやすい。


「お、棍か。

珍しいもん選んだな。試しに少し振ってみろ」


中年教官が声をかける。


「あ、住んでいた田舎の方で木の棒でチャンバラして遊んでいて懐かしいなー。と思いまして…」


「……チャンバラ? 何だそれは。まあ、国の魔術師団では杖術と言って魔術師でも杖である程度戦えるものもいると聞く。地方でも多少教えるところもあるが、冒険者じゃ珍しいな。やってみろ」


ヴォイドは木の杖を手に、腰を落として構えた。

振る、突く、払う──ぎこちないながらも、素振りは的確だった。


(……意外と、これならやれるかもしれない)


「ふむ。初めてにしちゃ悪くねぇな。型はまだ入ってないが、身体の使い方は素直だ。こっちの講習も受けて損はなさそうだな」


教官は腕を組み、うんうんと頷いた。


「ただし、ひとつだけ言っとく。棍は必殺の武器にはなりにくい。止めを刺すなら棍棒や、槍でいい。“相手の動きを制御して時間を稼ぐ”という意識を持て」


「……はい」


ヴォイドは無意識に、自分の中で魔力の流れと重力を制御するように杖を握り直した。

それは彼にとって、武器というより「魔術の延長」だったのかもしれない。




◆◆◆




午前の講義は、そんな手応えを胸に終わりを迎えた。


──午後は「魔術講義」。

ヴォイドはすでに魔法を扱っているが、今の知識はすべて独学だ。

果たしてこの世界の“体系だった魔術”とは、どう違うのか──。


午後。ギルドの講義室には、魔力の残滓が漂っていた。

木製の椅子が整然と並べられ、その前に立っていたのは──


「ようこそ、我が教室へ」


──長い銀髪と端整な顔立ち、少し長いとがった耳、翡翠色の瞳を持つ青年だった。


(エルフキターーー!)


腰には黒銀の細杖、背筋は真っすぐ、声には響きがあった。


「私の名前はセリオン……“観察者に魔術の理を学んだ者”です」


(観察者? 誰だそれ……?)


ヴォイドは思わず眉をひそめたが、他の受講者たちは感嘆の息を漏らしている。

この講師、どうやら相当な実力者らしい。


「さて、今日は魔術理論の初歩を教えましょう」


そう言って、エルフの講師は魔法文字を空中に描く。


【魔素 × 術式 → 効果】


「魔術とは、“魔素”というこの世界に満ちた力を体内にMPとして蓄え、“術式”という理屈によって現象へと変換する行為です。

炎、水、風、雷、あるいは時間すら──すべては理解と制御の結果です」


椅子に座る誰もが神妙にうなずく。

だがヴォイドの眉は少しひそめられたままだ。


「術式とは、すなわち“なぜそうなるのか”を形にしたもの。

火炎魔術なら、燃焼の仕組みを式によって理解し、それを魔力によって再現する。

水の刃なら、圧縮された水の運動エネルギーを正しく導く──

回復魔術や身体強化なら身体の構造を理解しているのと、理解していないのとでは効果は歴然」


「例えば……」


セリオンは指先で軽く弾くと、魔素が赤く揺らぎ、小さな火球がふっと生まれて浮かぶ。


「これは簡単な《ファイア》だが──術式を構築せず、イメージだけで再現している者もいる。

だが、それは必要とするMPの割に非常に不安定で、暴発や暴走の危険がある」


(簡単な魔術とは言えサラッと無詠唱で使うんだな)


ヴォイドは小さくうなずいた。

だが、その内容はどこか腑に落ちなかった。


「そして、君たちが今日から扱う“魔術”という技術には、いくつかの“補助具”が存在する」


セリオンが、手元に持った長い杖を軽く掲げてみせる。


「その中でも最も一般的で、かつ重要なものが──“杖”だ」


彼は静かに歩きながら、教室の中央に立ち、床に杖の石突を軽く打ちつけた。


「杖は“魔素の制御”と“術式の安定”を助けるために作られた、いわば“触媒”だ。

初心者から熟練者まで、魔法使いの多くがこれを持つのは、単に見た目の問題ではない」


空中に魔法文字が浮かぶ。


──《杖の三つの役割》──

1. 魔素の集中

2. 術式の記憶補助

3. 発動時の安定化


「第一に、“魔素の集中”。

杖は木材、金属、魔石などで作られており、素材によりその効率は変わるが、内部に魔力の通り道──“導芯”が仕込まれている。

これによって、体内または周囲の魔素を集めやすくなる」


セリオンは軽く杖を振ると、小さな光球がぱっと浮かび上がった。


「第二に、“術式の記憶補助”。これは特に高難度魔法の連続使用時に必要だ。

記憶した術式を一時的に杖に“固定”することで、詠唱を短縮したり、連発を可能にする。

杖の質によっては使用する魔術に耐えられず杖が壊れる事も少なくないので、使用には注意が必要だ」


「そして第三。これは初心者にとって最も重要だ。

“魔術発動の安定化”──杖を握ることで、発動に指向性を持たせ、魔素の暴走を防ぎ、失敗や暴発を防止する」


彼は生徒たちを見回すように目を細めた。


「無詠唱で魔術を撃てる者もいるにはいる。

だが、それは“術式が身体に刻まれている者”、あるいは“術式の理解の極致に達した者”だけだ」


その言葉に、ヴォイドの耳がぴくりと反応する。


(術式の理解……まるで確定観測のことみたいだな)


「ちなみに杖は“殴る道具”ではない。戦士の棍棒とは用途が違う。

ただし、熟練の魔術使いの中には“杖術”を習得している者もいる。が、あくまでも自己防衛のためだ」


講師がちらりと、ヴォイドの背にある練習用の棍を見た。


「……そうだな。たとえば君のように、物理も補助も併せて使う者なら、棍は良い選択だ。

ただし、何でも器用にこなそうとして、器用貧乏に終わるな。自分の“核”を見極めろ」


「……はい」


ヴォイドは思わず返事をしていた。

自身の力が何なのか、まだ確信はない。だが、確かに杖は手に馴染む。


“武器”ではない──だが、“力を制御する道具”としての武器と道具を兼ねた物。

それは魔術と重力を使いこなそうとするヴォイドにとって、まさに相応しい物なのかもしれなかった。



「……さっきのキミ」


唐突に、講師がヴォイドを指差した。


「貴殿は、魔術が使えるのだな?」


「え? まあ……ちょっと」


「見たところ、杖もまだ持ってていない。それでは、魔素の収束も制御も……」


ふっと目を閉じた講師が、次の瞬間に【鑑定】を放った。

魔力の波がヴォイドを撫でる。


──だが。


「……?」


講師の目に困惑の色が浮かぶ。

魔力が“反射”されたのだ。いや、まるで“値が揺らいで見えない”。


「奇妙だ……。筋力が20……いや、26? 知力も上下に……。これは……」


「……あ、すみません。いま鑑定、しました?」


「……察しが早いな。いや、非礼だったな。君、他の者と違うと言うか、少し目立っていたので」


「……大丈夫です。それより……」


ヴォイドは右手を掲げた。

感覚の中に、今しがた受けた【鑑定】の“構造”が、まるで慣れ親しんだ物理の数式のように浮かんでくる。


(……これが、術式の型……? 理屈が……分かる)


彼は手を振るった。

――空中に魔素が集まり、逆に講師を対象にして小さな【鑑定】が発動する。


「なっ……!? たった今、私の鑑定を“なぞった”のか……?」


「なんか、見えちゃったんですよ。どうしてそうなるのか、って」


講師は驚き、口元を押さえるとしばらく黙っていた。


「……君、名前は?」


「ヴォイドです」


「君の魔術の扱い方……。これは、術式を独自に“観測して再現”している……のか?」


「よくわかりません。ただ、見たことあるものなら、何となく使えるようになるんです。

火でも、水でも、……見てると“組み立て方”が見える気がする」


エルフの講師は唸った。


「……なるほど。

それはまるで魔法使いみたいだな……。

“観察者の弟子”を名乗る者としても、君は興味深い。

いずれ、もっと深く話をさせてもらいたいな」



講義の後、他の受講者たちは感心しきりだったが、ヴォイドはただ一人、静かに考えていた。


(……俺の魔術って、やっぱり普通じゃない?

“理解した”んじゃなく、“観測した”から使えるようになった……。

これって、スキル《確定観測》の影響……なのか?)


思考が深まっていく。

そしてヴォイドの中に、魔術に対する新たな好奇心が芽生えていた。

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