誰を選んでも後悔しそうな異世界ラブコメ

谷口凧

第一話 これが現代社会の闇です

 みなさま。

 大手企業といえば、どんなイメージをお持ちでしょうか?


 高給取り? 充実した福利厚生? 

 輝かしいワークライフバランス? 

 ホワイト環境? 厳しいコンプライアンス?


 そうですよね。

 私も、最初はそう思っていました。


 ——私の会社も、そんな夢のような職場だったら、どれほど良かったことでしょう。



* * *

 


 「主任! 主任! 起きてください!」


 けたたましい声に、ビクンと身体が跳ねる。

 瞼を開くと、私を覗き込む部下。新卒2年目の、素直で気の利く女の子。


 「昨年度分のデータ、ピボットでまとめ終わりましたよ!」


 「あ……ごめん。私、いま……」


 完全に意識を飛ばしていた。

 ほんの少し目を閉じるつもりが、眠ってしまっていたらしい。


 「大丈夫ですか? 顔色すっごく悪いですよ……。もう3時ですし、私の家近いんで、よければうちで寝ていきません? このままじゃあ過労死しちゃいますよぉ」


 部下がちらっと壁掛けの時計を見やる。


 「ああ、うん……」


 3時。3時……?

 何の3時だ。昼? な訳ないから夜? 兎にも角にも、全く気付かなかった。


 私は、青山琴子あおやま ことこ。今年で27歳。

 日本が誇る大手企業勤務。年収は1,000万円を越え、役職は主任。


 一見、勝ち組に見えるでしょう?

 でも実際は、地獄の住人。


 そう。業務量が鬼なのです。

 法律で勤務時間の上限は決まっている? はい、もちろん知っていますとも。


 上限を超えた分の残業は“来月”につければいい。

 私はそれを、永遠と……じゃなかった、延々と繰り返している。


 さて。親近感を覚える人もいるかもしれないが、最近では、AIの導入によりDX化が進んで、業務効率化が加速している。


 しかし効率化が進めば進むほど、新しい業務が舞い込んでくる不思議。


 要するに、AIは仕事を減らすのではなく、人間を減らす言い訳に使われている。

 「なんか分かるかも」って思った方は、同志ですね。


 うちの部署だってそうです。例にもれず人員が減りました。


 そのせいで最近はずっと会社に寝泊まり。

 主食はプロテインバーで目薬とカフェイン飲料が親友。

 恋人は……パソコンかな。


 最後にちゃんと寝たのは、一体いつだろう。

 肩が重く、視界が揺れ、頭の奥がキリキリと痛む。


 心なしか、手足が痺れているような。


 「ごめん、ちょっとだけこのまま休んでもいい?」


 部下に余計な心配をかけないよう、私は笑ってそう言った。


 「ちょっ、本当に大丈夫ですか? 汗すごいですよ!? このフロア、涼しいのに!?」


 慌てふためく部下。

 その姿がどこか、羽ばたくハチドリみたいで、ちょっとだけ笑えた。


 そうして私は、そっと机に突っ伏した。


 耳の奥で、自分の鼓動がうるさく響く。

 目を閉じれば、世界が静まり返っていく――かと思えばそうでもなく、鼓動だけがかしましい。


 (ちょっとだけ、ちょっとだけ休ませてもらおう。

 休憩が終わったら……あの資料を作って、そういえば、部長にも……メール返さなきゃ……)


 思考が、溶けていくように薄れていく。


 ――ああ、もう限界だ。


 そうして私は、静かに意識を手放した。

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