第2話
名前を取り戻したと同時に、
記憶が突然映像として浮かんだ。
轟音とともに迫り来るヘッドライト。
身体がとてつもない重みを一瞬感じ、宙に舞う。
しかし、投げ出された身体は重力に逆らう事なく
地面へと叩きつけられた。
思考回路も停止し、今までと90度回転した景色の中に
緑色のハイヒールが見える。
瞬きなどしていないのに、途切れ途切れに映る視界。
いつしか緑色のハイヒールが自分の鼻先に来ていた。
『・・・ないんだから・・・しか・・・ないんだから・・・
のは・・・しか・・・ないんだから・・・』
その言葉がフラッシュバックされ、
また意識を失った。
「お目覚め・・・ですね。」
今度は聞き覚えの無い太い声が眠りから目覚めさせた。
目をやると白衣に身を包んだ恰幅の良い男性が立っている。
この人物が医者なのだろう。後ろには看護師と思しき女性が
2名、控えるように立っていた。
身体を起こそうとするがやはりまだ自由が効かない。
「あっ無理はなさらずに!全身打撲に加え、
腰の骨を骨折されていますから・・・」
「あ・・・う・・・」
・・・・?しゃべれない?
声にならない。
一体どうしてしまったのだ?
不思議そうに医師を見やると、その不安を
かき消してくれるかのように優しく言葉を続けた。
「加えて頭も強く打たれたらしく、
その後遺症で言語が若干不安定なようですね。
しばらくは安静が必要ですね。
でも一時的なものですから大丈夫ですよ。サイトウさん」
・・・自分の姓がサイトウであることを知った。
サイトウ シンイチ
この名前で今まで自分は生きてきたのか。
サイトウ シンイチ
そうだ!この名前に覚えがある!
サイトウ・・・シンイチ・・・
うん・・・自分は・・・。
その瞬間、とてつもない頭痛が襲ってきた。
「うっ・・・」
思わず頭を抱え込む。
「大丈夫ですか?」
「あ・・・う・・・」
「鎮静剤を打ちます。また少しこれで休んでいてください。」
腕にチクリとした感触が走った。
程なくすると脳内を直線的に攻撃していた
痛みが和らぎ、心地よさが支配し始めた。
また・・・眠るのか。。。。
遠ざかる足音、医者と看護師の会話がうすぼんやりと聞こえる。
サイトウ シンイチ
確かに聞き覚えのある名前に安堵を覚えつつ、
薬によってもたらされた不思議な心地よさと
眠気に身を任せることにした。
身体が痛みを拒絶しているのだ。
視界の右端にはいつの間にか花瓶が置かれている。
そこには白いチューリップが活けられていた。
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