St@lk

犬田一

第1話

顔に当たる陽射しに心地よい刺激を感じている。


「眠っていたのか・・・」


眠りから醒めつつある意識が

まだ混沌としている。


そのまどろみに身を委ねていると

緩やかに戻る意識の奥底から、

何かが心地よさを突き破り、

一瞬にして全神経を覚醒させた。




「ここは・・・どこだ?」




見渡すとそこは病室のような場所である。

しかも個室のようだ。


どうして自分がここにいるのか?

自分の身に何が起こったのか?


思い出そうとする意識より早く、

本能がその作業を脳に働きかけている。


しかし何も浮かばない。


何も思い出せない。


思わず手で顔を覆った瞬間、また異変に気づいた。

顔と手には包帯が捲かれている。

横たえられた身体を思わず見渡す。


包帯が包んでいたのは全身だった。


先ほどから意識を蝕んでいる感覚。

それは恐怖以外、なにものでもなかった。



「自分は一体・・・誰なんだ?」



自分が誰なのかさえ思い出せない。


これほどの恐怖は今まで感じたことなどなかった。

いや、それが恐怖なのかさえも分からなかった。


一切の記憶が無いのだから。



混乱を極める意識の中で、

少しずつ理性もまた働き始めた。


病室らしき部屋、

全身を包帯で包まれた身体。


「己が何者であるのか?」

それに繋がるヒントらしきものはどこにもなかった。




ふいに「カチャッ」という音がした。

ドアが開かれたのだろうか。



その音のする方向へ身体を向けようとするが

全身を激痛が襲う。


「うっ・・・」


痛みに無理やり発せられた呻きに反応し、

次いでコツコツという音と気配が

何者かが近づいてくる事を教えた。

目は開けているものの、

ぼんやりとして良く見ることができない。

まるで雨に流された水彩画のようだ.


それが自分のすぐ近くに来たと思うと、

今度は手が額を触り始めた。


「大丈夫????」


どうやら女性の声だ。



「あぁ良かった。やっと目覚めたのね?」


「・・・」


「心配してたんだから。もう3日もこのままで・・・」


「・・・」


「意識が戻らなかったらどうしようって。」


「・・・」


何も答えられずにいると、

その声は今度は頬を撫でながら言った。


「でも生きていてくれていて良かった・・・

シンイチさん・・・」





自分は・・


自分は・・・シンイチというのか。

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