第5話
簡易加工で改良した畑に、ようやく種を蒔くことができた。鑑定スキルで「食用可」と判断された、この世界ではごく一般的な穀物の種だ。ミリアと一緒に、ひび割れた指で小さな種を一粒ずつ土に埋めていく。慣れない作業だったが、二人で黙々と続けた。
それから数日、俺は毎日畑に通い、簡易加工で水路を整備して水を引いたり、雑草を抜いたりした。ミリアも、俺の真似をして小さな手で草を抜いたり、土をならしたりと手伝ってくれる。
そして、ある朝、畑に小さな緑の芽が出ているのを見つけた時、俺は思わず声を上げていた。
「ミリア!芽が出たぞ!」
ミリアも目を輝かせて駆け寄り、小さな芽をそっと指でなぞる。その顔には、今まで見たことのない、純粋な喜びが浮かんでいた。
それからさらに数週間、俺たちは芽が育ち、穂を実らせるのを毎日見守った。時折、他の村の女性たちが、遠巻きに畑の様子を窺っているのが見えた。最初は警戒の視線だったが、日ごとに育っていく作物を見て、その視線は好奇心と、かすかな期待へと変わっていったように思う。
そして、収穫の時期が来た。
まだ青々しいが、鑑定スキルで確認すると、しっかりと実が詰まっている。村の道具はボロボロで、まともな鎌もない。仕方なく、簡易加工で棒切れを加工し、石を研いで作った粗末な道具で刈り取りを始めた。
「兄様、私も手伝う!」
ミリアが小さな道具を手に、一生懸命に穂を刈り取ろうとする。その健気な姿に、心が温かくなった。
収穫作業を始めてしばらくすると、遠くで見ていた村の娘たちが、一人、また一人と畑に近づいてきた。最初に声をかけた少女も、恐る恐るこちらを見ている。
「手伝おうか?」
誰からともなく、そんな声が聞こえてきた。最初は遠慮がちに、だが次第に多くの娘たちが畑に入り、俺たちの作業を手伝い始めた。慣れない手つきの者、手際よく作業を進める者、様々だったが、皆の顔には真剣な表情と、わずかながら期待の色が浮かんでいた。
陽が傾く頃には、予想以上の量の穂を収穫することができた。山積みになった収穫物を前に、村の娘たちの間に、ざわめきと、そして喜びの声が広がっていく。
◇
その日の夜、俺たちはささやかな収穫祭を開いた。収穫したばかりの穀物を石で挽いて粉にし、水で練って焼いた、素朴なパン。それから、先日見つけた食用キノコと、少しだけ残っていた野草を煮込んだスープ。
質素な食事だったが、村の娘たちは皆、心から嬉しそうにそれを口にしていた。初めて会った時の、警戒や疲弊の色は薄れ、彼女たちの顔には、これまでになかった笑顔が咲いていた。
「こんなに美味しいもの、初めて食べた」
ある娘が、目を潤ませながら言った。その言葉に、他の娘たちも頷く。
俺は、そんな彼女たちの姿を眺めていた。この世界のモブとして転生した俺が、ほんの少しの行動で、これほど多くの笑顔を生み出せたことに、静かな満足感が広がった。
食事の後、娘たちは焚き火を囲み、静かに歌を歌い始めた。素朴で、だが心に響く歌声が、夜空に吸い込まれていく。
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