弱さを見る
8
起きてスマホを見ると、晴澄から“おやすみなさい”とメッセージが入ってた。
だから“おはよう。ぐっすり寝ちゃったよ”と返した。
そしてその3日後、晴澄から“紹介できそうです”と連絡が入った。
行動が早いのが意外だったし“今日こだまに連れて行くんで来てください”と書かれていたのも驚きだった。
“こだま”はサトリさんのスナックの店名だ。
てことは晴澄がそこでバイトをしていることを知っている人。
そこそこの間柄なのかもしれない。
そんな人を私に紹介してもいいんだろうか。
ちょっと戸惑いながら指定された時間にこだまへ向かうと、すでに店には何人かのお客さんがいてカウンターに立つ晴澄に手招きをされた。
そしてその目の前の席には見慣れない背中。
振り返って私の方を見た男性は確かに私の理想通り、穏やかな表情で見るからに優しそうで落ち着いた大人の容姿をしていた。
「お、つかれ様です」
「緊張してる?」
「そりゃもちろん…」
「一瀬皐月さん。俺の4つ上の先輩でレストランじゃないけど同じホテルのホテルマンしてる」
「ホテルマン…」
「料理人の方がよかったかな?」
「あ、いえ」
初めて聞いた声は優しくて聞き取りやすくて、接客に向いてると思った。
冗談っぽく笑う笑顔も親近感があって、まだたった一言だけどこの間アプリで会った男性よりよっぽど魅力的に見える。
ていうか晴澄もだけど…レベルが高い…。
イケメンにはイケメンが寄ってくるってことなのだろうか。
「とにかく座って。何飲む?お酒は好き?」
「大分好きです…えっと、とりあえず生で」
実は営業中にこだまに来ることはほとんどなくて、晴澄が働いている姿を見たのは久しぶりだった。
サトリさんは常連さんの接客に忙しそうでテーブル席にいる。
晴澄にビールを出してもらい一瀬さんと乾杯した。
なんだか本当に不思議な空間だ。
「今大学生なんだよね?今日は学校だったの?」
「はい。でもそのあと仕事でちょっと出版社に寄ってからきました」
「あー小説書いてるって聞いた!すごいよね!俺も本好きで」
「ほんとですか?」
「うん、でもぶっちゃけ漫画派」
「私も漫画も好きですよ」
こんな風に人と会話をすることが今まであっただろうか。
話下手な私ですら気を使わず、飾らない人で、会話が弾む。
私と一瀬さんを気使ってか、晴澄は付かず離れず。
それでもちょうどいい加減で話に入ってきてくれた。
一瀬さんは晴澄と地元が一緒でそこから仲が深まったらしく、よく飲みに行くようだった。
晴澄の副業のことももちろん知っていた。
晴澄にとって本当に信用できる人なんだと思う。
たった数時間だったけど、それがちゃんと伝わってくる人柄だった。
ただ私にとってそうでも、向こうにとってはわからない。
私の生活のことに関して晴澄はどこまで話しているんだろう。
そもそも晴澄が私自身の事をどれくらい知っているかもわからないから、なんとなく切り出しにくい。
そうこうしている間に一瀬さんの終電の時間が近くなり一緒に店を出た。
「今日はありがとうございました。すみません、ご馳走になっちゃって」
「いや、晴澄がかなり安くしてくれたから全然平気」
「あはは」
「送るよ。家どっち?」
「でも電車の時間…」
「大丈夫。最悪タクシー拾えるし、槙江ちゃんに何かある方が嫌だから」
「じゃあ…甘えます」
「ふっ、もちろん」
晴澄には別れ際、小さく「頑張って」と言われた。
その言葉が、より一層2人であることを意識させた。
これがフィクションなら、私はもっと上手くやれる自信がある。
可愛い女性を装って、また一瀬さんに会いたいって思われるように。
だけどこれはフィクションじゃなくて、
リアルではなぜか上手く言葉が出てこない。
緊張もする。
2人で並んで歩く静かな夜に、
2人の足音が響く空間に、
たまらなく“2人きり”を感じてしまう。
「また…会ってくれる?」
「え?」
「また、誘ってもいい?」
「…もちろん」
「ふっ、ありがとう。よかった」
…笑顔が眩しいと思った。
今日は…全然眠くならなかった。
一瀬さんと別れて、家に着いて、ベッドに入ってからも眠れない。
一瀬さんからきたメッセージに高揚する。
そのまま朝になってしまったけど、
興奮で眠れないのは悪い事じゃないと思った。
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