フォーエバー・ラブ

雨笠 心音

フォーエバー・ラブ

『転生先を指定してください』


 は?

 何の濃淡もない音声が何度か繰り返されたところで、ここが死後の世界だと、ようやく理解できた。

 確か、コンビニのバイト中、知らない人に首を刺されたんだっけ。

 刺されたはずのところに手を当ててみたが、血でベタつく感覚は一切なかった。

 ほんとにきちゃたのかも。あの世に。しかも、夢の転生付き。死んでよかったかも?

 そんなことを思っていたいると、点滅する赤い文字が目の前に現れた。


『時間切れまで、残り1分』

『ペナルティー:消滅』


 え、死んだ後にもう一回死ぬ可能性あるの? 

 でも、入力できれば何でもいいか。

 じゃあ、俺だけチートが使える異世界で。

『ヒット件数が多すぎます

 条件を絞ってください』

 じゃあ、最強スライムに転生して、魔王になる世界線で。

『ヒット件数が多すぎます

 条件を絞ってください』

 1作品しか俺は知らないけどな⋯⋯

 10回似たようなことを繰り返したが、返事は同じだった。

 ヤバい。残り30秒。

 ていうか、なんか指先透けてない?

 俺、八百万の神が疲れを癒やしにくるお湯屋にでも迷い込んだ?

『ヒット件数が多すぎます

 条件を絞ってください』

 今のは違う。

 本格的にまずい。肩までもう見えなくなっている。

『残り10秒です』

 どうすれば、絞れる? そもそもなんだ、絞るって。 カウントの仕方が分からないんじゃ、どうしょうもないだろ。

『残り5秒です』

 ヤバい。ヤバい。ヤバい。

 あぁ、なんかぼんやりしてきた。

『4、3、2』

 ほんとになんだったんだ俺の人生。なんもなかった。

 どこでミスったかな? バイト先、あそこじゃなかったら、刺されてないかな。

 でも、1番デカかったのはあそこだ。あそこからおかしくなった。

 高校の頃、付き合っていたあの子をいじめたとき。

 あぁ、あの子に会いたい。


『申請中 しばらくお待ち下さい』

 ?

『受理されました』

 ??

『転生先は無限地獄です』

 どうしてそうなった?

 叫びは声にならないまま、俺の意識は途切れた。


『転生完了』

『ここは無限地獄です では、よい来世を』

 目を開けると、そこは一面の白だった。何も無い。

 踏み出してみたが、足の裏には何も感じられない。

 何となくその動作を繰り返したが、周りに何も無いから、進んでいるのか分からない。

 代わりに、なぜここが無限地獄と呼ばれているのか、分かってきた。確かに、ここに1時間もいたら気が狂ってしまう。いや、もう1時間、経ったのかもしれない。確かめる方法が無いのだから、否定はできない。とすると、俺はもう狂っているのか?

 あてもなく、右足と左足を交互に前に出していると、遠くに何かが見えた気がした。

 気づくと走り出していた。意外にも、すでに心は地獄に削られていたようだ。

 どうやらそこにいるのは、人間のようだ。さらに足が速く動いた。

 だが、ゆっくりとその速度は落ち、今度は息のテンポが上がってきた。走り過ぎたためではない。視界に映る人像に見覚えがあったからだ。

 お前、俺を殺した……

 口に出したのを後悔したが、遅かった。

 ぐりんと、ヤツは首を捻り、こちらを向いた。そのマスクとサングラスに覆われた顔はまさしく俺を刺した犯人のものだ。

 体の向きを180度、回転させ、逃げた。

「くるな!」

「ちょ、ちょっと待て。私は誰だか、分かるか」

「分かるから、逃げてるんだろ!」

「わ、分かってない」

「はぁ?!」

「ちゃ、ちゃんと聞け!!」

 恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは、他でもない。高校のとき、大好きだったあの子だった。

「ま、まだ分からないか」

「分かった」

「そ、そうか」

「……」

「……」

「あのさ、ごめん。」

「は、はぇ? なんだ?」

「あのとき、いじめて、ごめん」

「……」

「……」

「シ、ショックだった。あんな仲良かったクラスだったのに」

「うん」

「受験期になって急にギクシャクして、わ、私のどもりをばかにするようになって、」

 俺は黙ったまま、俯く。

「で、でも1番ショックだったのは、お前に別れてって言われたことだ」

「本当にごめん」

「だ、だけど、」

 その子は、伏せていた顔を、ばっと上げた。

「お前にいじめられたとは、思ってないよ」

「でも、」

「き、傷ついたけど、しょうがないと思う。きっといじめがなくても、お互い忙しくて、別れてたと思う」

「……そうか」

「だ、だから、気にすんな」

「ありがとう」

 俺は相手の目を見て、同じ言葉を繰り返した。

「それはそうと、何で俺のこと殺したん?」

「っ!」

「いじめでないと思われてたんなら、なおさら」

「理由言ってもお、怒らないか?」

「理由による」

「り、理由は山ほどある。お前らのせいで受験失敗した」

「え、さっき俺からはいじめられてないって」

「お、お前に責任はないが、原因はある」

「う〜ん、確かに?」

「後、何だかんだで2浪した、さっきまで3浪生だった」

「あの〜、非常に言いにくいんだが、俺が殺されたこととなんと関係が?」

「わ、私がイラついてた」

「なるほど?」

「あ、あと、何度も店に行ったのに気づいてくれなかった」

「……」

「あ、あと、お前、接客のとき、満面の笑みで対応するだろ」

「思いっ切り、営業スマイルだけどな。プロのフリーター舐めんな」

「わ、私はまだ笑えないのに、お前は笑えてるんだって思って、モヤモヤしてた」

「それはごめん」

「あ、あとは笑顔がキモい」

「……さっきから、しっかりした理由と理不尽な理由、わざと混ぜてない?」

「う、うん」

「そういえば、そういうやつだったな」

「あ、あと1番の理由は、」

「ん?」

「や、やっぱやめとく」

「え」

「……」

「言ってよ、怒んないから」

「……じゃ、じゃあ」

 彼女は大きく息を吸って吐いてを繰り返し、とんとんと軽く胸を叩いた。

 これはこの子が俺に告白するときにもしていた動作だった。

 唐突に、確信した。

 これから彼女がどんな理由を言っても、嫌いにならない。

 自分でも何を言っているか分からない。だが、俺は彼女が好きだ。罪悪感で誤魔化してきた、この気持ち、それこそ、一旦死なないと戻ってこなかった気持ち。これを取り戻せたのは彼女のおかげだ。

「い、言うぞ」

「お願いします」

「わ、私の前に並んでた人に、美人だっただろ」

「まぁ、かなり」

「で、お、お前、その人にニコってしただろ」

「営業スマイルたけどな」

「なんか、嫉妬したから、買おうとしてたハサミで……」

「まじで?」

「うん」

 前言撤回しない、俺が1番俺が怖い。

 でもしょうがないでしょ?

 だって目の前のにこんなにかわいい女の子がいるんだから。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フォーエバー・ラブ 雨笠 心音 @tyoudoiioyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ