第二十六話
(……!?)
声につられて目を開くと、何故だか男の体が真横へ吹っ飛ぶ光景が映り込んだ。「へぶぅ!」という情けない声と共に畳へ叩き付けられ、手にしていた短刀を取り落とす。声の主はすぐさま短刀を蹴飛ばして廊下のほうまで滑らせ、手の届かない場所へと隔離した。それから、男の腕を背中側へ回し、自重を乗せてがっちりと拘束する。怠い、怠いと
少しの間を開け、我に返った夕霧は、声の主の名前を呼んだ。
「て、鉄様……!?」
屋敷にいる時とは違う正装に身を包んだ鉄が、暴漢を取り押さえてくれている。何が何やらさっぱり分からないけれど、どうやら助かったらしい。それだけ理解した途端、夕霧は全身の力が抜けてその場にへたり込んだ。
それから間もなく。廊下や階段が騒がしくなったかと思うと、揃いの制服を身に纏った邏卒の集団が駆け込んで来た。一部は鉄に代わって男の身柄を取り押さえ、一部はさよを保護してくれている。邏卒の列の後ろのほうに源蔵の姿もあった。腰を擦ってはいるが、大きな怪我はなさそうだ。
「夕霧!」
「!」
邏卒の聴取にも耳を貸さず、鉄が一目散に駆けて来る。彼はそのまま飛び付くような勢いで夕霧の体を抱き締めた。
「鉄様……」
「夕霧、怪我はないかい? あの男に何をされた?」
【夕霧、夕霧……!】
口でも心でもたくさん名前を呼ばれ、彼の抱える不安や心配の度合いを思い知る。ここまで親身になって夕霧の安否を気にかけてくれる存在が、果たして他にどれだけいるのだろうか。心臓がじわりと熱を持った気がした。
「……お陰様で、何もされてはおりません。私めも、さよ様も無事にございます。それよりも、鉄様は何故こちらに……?」
「仕事で近くの町まで来たから、さよの見舞いに顔を出そうかと思って足を運んだんだ。そうしたら、先生が酷く慌てた様子で飛び出して来て、君とさよが危ないなどと言うじゃないか。何事かと肝を冷やしたよ」
「……左様にございましたか」
「ああ。さよに何かあれば、僕は喜三郎に顔向けができなくなるところだった。彼女を守ってくれてありがとう。よく頑張ったね。怖い思いをさせてしまって本当にすまない」
「……!」
鉄のその言葉に、夕霧の体が震え出す。見知らぬ男が突然押し入って来て、常軌を逸した発言を繰り返し、短刀まで向けられた。一つ一つの場面が改めて脳裏を過ぎり、瞳から涙が溢れ始める。怖くて堪らなかったのだと、ようやく自覚した。
涙で正装を濡らしてしまっても、鉄は一つも
気を遣われたのか、気付けば周囲に人影はなくなっていた。一階や診療所の外で待ち構えているのかもしれないが、今この部屋には鉄と二人きりである。
夕霧の嗚咽が収まってきた頃、鉄が胸中で語りかけてきた。
【少しは落ち着いたかい?】
「は、はい。お手間を取らせてしまい、申し訳ございませんでした」
【構わないよ。君がここへ来た理由は……まあ、想像がつくけれども、僕の目が届かない所で無茶をするのはやめてくれ。心臓がいくつあっても足りやしない】
「申し訳ございません……」
夕霧が反省して縮こまると、鉄が両腕を解き、代わりに頭を撫でてきた。大きな手のひらは温かく、やはり不思議と安心するため、抵抗できずに受け入れてしまう。親以外の人間に許すのは初めてだ。
【……ところで、本当に何もされていないね? 返答次第で、僕は今からでもあの男を斬りに行かなければならなくなるのだけれど】
「!」
男の話題を蒸し返されたことにより、夕霧は鉄にまだ何も話していなかったと気付いた。調査の進展を雇い主へ報告するのは義務だ。どこから伝えるべきか迷った結果、焦った夕霧は結論だけを
「鉄様、喜三郎様の死因は恐らく急性中毒です。そして、何者かに殺害された可能性がございます……!」
「……え?」
鉄が目を丸くした。
~筆者からのご連絡~
本作はコンテスト用に完結設定をする必要がある都合から、ここで一旦の区切りとさせていただこうと思います。
コンテストの締め切りを過ぎた後、改めて更新を再開する予定です。
ひとまず、ここまでお付き合いくださり誠にありがとうございました。
引き続きよろしくお願い申し上げますm(_ _)m
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