第27話 呪縛の騎士

 玉座の間から立ち去ったシュウは、セレスティア城の最奥へと足早に向かう。

 中世や近世を思わせる城には似つかわしくない、エレベーターホールが見えてきたかと思えば、鳥籠によく似たデザインのエレベーターの脇に、クラシカルなメイド服を身に着けた自動人形オートマタがひっそりと控えていた。


「……悪い、リーチェ。待たせたな」


「いいえ、レイラ姫さまからのお呼び出しですもの。仕方がありませんわ」


 クラリーチェはおっとりとした口調でそう答えると、両手に持っていた花束をシュウに差し出してきた。


「昨日は菖蒲の花にしましたから、今日は鈴蘭を用意してみましたの。サラ姫さまの近くに、飾って差し上げてくださいな」


「鈴蘭って、有毒の植物なんだが……」


 今、サラはセレスティア城の地下で眠っている。

 だから、毎日サラの見舞いに足繫あししげく通っているシュウに、クラリーチェは気を利かせて花束を持たせてくれるのだが、さすがに鈴蘭は見舞いに向かない花だと思う。


「あら、サラ姫さまは鈴蘭の花が好きだとおっしゃってましたよ? それに、可憐な見た目に反して毒があるところとか、姫さまにそっくりじゃありませんか」


「容赦ないな、リーチェ……」


 ころころと表情豊かに笑う自動人形に苦い笑みを零してから、シュウは花束を持ち直しながらエレベーターへと乗り込む。


「それでは、いってらっしゃいませ。シュウさま」


 シュウと同じで、クラリーチェも毎日サラの元を訪れては、早く目覚めないかと祈っている。

 でも、いつもシュウを先に行かせ、サラと二人きりの時間を作ってくれているのだ。


 クラリーチェの声掛けに軽く頷いてみせた直後、シュウを乗せたエレベーターが地下に向かって降下していく。

 そして、目的の階に到着すると、軽やかな音が鳴ってから扉が滑らかに開いていく。


 エレベーターから下りれば、アイボリーの壁に沿ってずらりと並ぶ卵型の巨大なカプセル――医療用カプセルを格納した、広々とした空間が眼前に現れた。

 透明なカプセルのうち、唯一稼働しているものへとゆっくりと近づいていく。


 医療用カプセルの中は、殺生石を溶かした透き通った水で満たされ、稼働しているサインとしてカプセルそのものが淡く発光している。

 そのカプセルの中で、我が身を抱くように両手で肩を掻き抱き、胎児たいじみたいに背を丸めているサラが昏々こんこんと眠り続けている。


「……サラ」


 ガラス越しにシュウが呼びかけても、サラはぴくりとも反応しない。

 サラが身に纏っているネグリジェの裾や、蘇生した影響で色が抜け落ちたのか、白銀に変色した髪が水中で揺れる様は、まるでクラゲや海藻みたいだ。


 ――本来の力を覚醒したイヴであれば、液状の殺生石の中にいても呼吸ができる。

 だが、サラがどの程度力に目覚めたのか、判断がつかなかったため、様子を見つつ医療用カプセルの中に入れたのだが、何の問題も発生しなくてよかった。


 未覚醒だったから仕方がないのだが、ラカージュに召喚されたあの日、液状の殺生石から作られた湖で溺れかけたサラが、目を覚ました時にパニックにならないことを、あとは祈るだけだ。


 サラが眠る医療用カプセルの脇には、クラリーチェがわざわざ持ち込んだマホガニーのテーブルが置かれており、その上には見舞いの品である花瓶に活けられた菖蒲の花が鎮座している。


 昨日、活けたばかりで瑞々しい美しさを保ち続けている花を捨てるのは勿体無かったから、今日持ってきた鈴蘭の花束はそのまま花瓶の傍にそっと置く。

 それから、すぐにカプセルへと視線を戻すと、ちょうどサラが身じろいだところだった。


「……サラ?」


 覚醒の兆しかと思ったが、どうやら寝返りのようなものだったらしい。

 サラがシュウに背を向けた途端、再度動かなくなってしまった。

 しかし、サラが身体の向きを変えたことで、ベビーブルーのネグリジェ越しに、背中に刻まれた黒百合に酷似した紋様もんようがうっすらと見えた。


 ――あれもまた、サラをこの世に強引に繋ぎ止めた際の副産物だ。

 本来、イヴは傷ついた箇所が修復されても、再生された皮膚にこれといった変化はない。


 まるで、シュウの罪の象徴であり、呪いみたいだ。

 だからこそレイラは、サラの花婿にシュウを余計に選ばざるを得なかったのだ。


(サラは……怒るかな。それとも……悲しむか)


 自分がいびつな形でがんじがらめにシュウに生を縛り付けられたと知っても尚、サラはまだ「好きだ」と心の底から思えるのだろうか。

 でも、たとえこれをきっかけにサラに嫌われたとしても、シュウはあの時の自分の判断を微塵も後悔していない。


 いずれ罪悪感が芽生え、苦しむことになったとしても、あの場でサラを失うよりは、ずっといい。

 傲慢ごうまんだとしても、自分勝手だとしても、サラには少しでも長く生きて欲しい。

 そして、叶うことならば――曇りのない笑顔をシュウに向けて欲しかった。


 シュウに背を向け続けたままのサラを見つめたまま、医療用カプセルにそっと触れる。


 ――わたしは、あなたの敵じゃない。だから怖くない、怖くないよ。


 シュウのオリジナルとサラのオリジナルが初めて出会ったのは、約四七〇年前だ。


 ヴィクトリア・エーヴァから、亡き夫の身代わりとして異性愛を求められる日々に限界を迎え、死に物狂いでエデンから脱走したシュウは、自分よりも先に脱走に成功し、エデンの外で生活をしていたサラと偶然、出会ったのだ。


 あの時のシュウは手負いの獣同然で、出会い頭にサラに威嚇しながら、退路を探っていた。

 そんなシュウを見かねたのか、サラは自分が所持していた武器を全て地面に投げ出して丸腰になり、敵意がないことを証明してみせたのだ。


 当時の環境では、いつ、どこでアヤカシが出没して襲われるかわかったものではなかったのに、それでもサラは何の躊躇もなく、シュウの信用を得るためだけに自分の身を守るための武器を手放してみせた。それから、シュウが高い回復力を持つイヴだと知った上で、傷の手当てをさせて欲しいと申し出てきたのだ。


 その時のシュウは、目の前の女性は少なくとも敵にはならないだろうと判断し、自らの生存率を上げるために、サラと行動を共にすることになった。


 最初は、本当に打算だけでサラと一緒にいた。サラも、シュウへの同情も多少はあったみたいだが、それ以上に男手が欲しかったことが、共に生活をしていくうちに察することができた。


 サラ以外にもエデンから逃げ出してきたイヴはいたものの、シュウを除けば、全員女性だったからだ。


 それなのに――いつの間にか、恋をしていたのだ。

 いつの間にか恋人になり、夫婦となり、子宝にも恵まれ、家庭を築いていた。


 それまで、子供は無力でこの過酷な環境で生き抜く上では足手まといにしかならないと思っていたのに、シュウとサラの血を継いだ子供たちは皆、可愛くてたまらなかった。


 自分にも真っ当に誰かを愛し、慈しむ能力が備わっていたのだと知り、心の底から嬉しかった。


 もしかすると、サラを見て学習し、少しずつ身につけていった能力だったのかもしれないが、それでも自分が誰かを愛し、愛される存在になれたことが、シュウにとっては本当に喜ばしいことだったのだ。


 家族が増えてからも、危険が付き物の環境であることには変わらなかったものの、家族を守りつつ生きられるだけ生きて、生涯を閉じることができればいいと願っていた。


 ――ヴィクトリアに、第一子である娘を殺され、激昂げきこうしたサラを惨殺ざんさつされた後、他の子供たちを人質に取られ、最愛の妻が蹂躙されていく様をただ見ていることしかできなかった、シュウ自身も命を奪われるまでは。



    ***



 ――シュウが次に目覚めたのは、長男の息子としてこの世に生を受けた時だった。

 長男であるコウは顔立ちが父親似だったから、シュウにそっくりの息子を授かっても、最初は不思議に思わなかったのだろう。


 一つの名を代々受け継いだり、我が子に親、あるいは祖父母と同じ名を授けるという文化は知っていたから、コウが父親の名を息子に授けたのも、おかしな話ではない。それに、かつて息子だったコウは、シュウに父親らしく愛情を注いでくれた。


 だが、シュウが成長していくにつれ、さすがに似ているという言葉では片づけられなくなってきた頃、コウは意を決して息子にDNA検査を受けさせた。

 その頃には、エデンから盗み出してきた技術がいくつかあったため、そのくらいのことは可能だったのだ。


 その結果、コウは自分の息子が父親のクローンだと知った。その上、シュウは口にこそ出さなかったものの、オリジナルの記憶と人格も保持していた。


 しかし、それでもコウの愛情は揺らがなかった。

 コウの妻となった女性はシュウを気味悪がったが、むしろむごたらしく殺された父親とこんな形でも再会できて嬉しいと、かつての息子は喜んだ。


 サラと出会った頃に比べて随分と増えた仲間たちからも距離を置かれ始めていたシュウは、コウの懐の深さに救われた。

 ヴィクトリアを殺害するための戦力を増やすためだけに、勧められた結婚を受け入れようと、最終的には決断できた程度には。


 本当はサラではない女性と夫婦になりたくはなかったし、相手もこれでは生贄と何も変わらないと散々泣かれたものの、周囲に「我々の尊厳を取り戻すためだ」と諭されれば、互いに逃げ道はなかった。


 でも、恐怖を押し殺して妻となった女性の妊娠が発覚した直後、シュウは何故か次第に衰弱していった。

 そして、我が子の顔を見る前に息を引き取ったはずのシュウが、次に目覚めた時には、妻となったはずの女性の第一子となっていた。


 前例があったためか、嫌な予感を覚えたらしいコウは、生まれて間もない初の孫息子のDNA検査を行ったという。

 その結果、孫がシュウの二体目のクローンだと判明し、花嫁だった女性はついに発狂して心を壊し、コウは化け物と拒絶した。


 一度は受け入れてもらえただけに、かつて息子だった存在が吐き捨てた言葉は、何よりも痛かった。


 だが、後に初代庇護姫と呼ばれるようになった女性だけは、歓喜した。

 ――これは呪いだと。サラをむざむざ死なせたシュウが受けるべき、報いなのだと。戦場で生き、そして死ね。生きて苦しめ。そう簡単に死ぬことは許さない。


 そう命じられた時、シュウにまとわりつく理不尽をようやく受け入れられた。

 そうか――これは呪いで罰だったのか。サラを守れなかったから、こうなったのか。ならば、仕方がない。


 自然とそう思えたのは、きっとこの時からシュウの心はどこか壊れ始めていたからに違いない。 

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