第3章 探索!スィーフィードの洞窟。

3-1 洞窟前



 俺たちは、目的地である洞窟の入口にたどり着いた。



「さて、入るか!!」


 軽く気合いを入れて声を上げると、お袋が口を開いた。

「洞窟内なら明かりが必要よね」



――そして詠唱が始まる。



『――聖なる輝きよ、

  我がみちびきとなり闇を払え

     ――ルミナス・グロウ!』



 お袋の杖から光の玉が浮かび上がり、ふわりと空中を照らし始めた。


 エルナーもヴェイルセイジを構えて準備完了。

 三人で、静かに洞窟の中へと足を踏み入れる。


 洞窟内は、思ったより整っていた。

 セグメントが管理しているとは聞いていたが、これほどまでに整備されているとは。


 野良の魔物くらいは紛れ込んでるかと覚悟していたけれど、驚くほど何もいない。


 通路は最低限ながらも白い石畳が敷かれ、お袋の『ルミナス・グロウ』一つで十分に視界が取れる。


 分かれ道もなく、一本道を進むだけで――


……やがて、最深部らしき空間に行き着いた。



 そこには一基の祭壇。

 天井から差す光がかすかに当たり、赤い竜の紋章と、正六芒星せいろくぼうせいの魔法陣が浮かび上がっている。



 それは、白魔術の印。そして――神聖都市セグメントのシンボルマークでもある。

 つまり、ここは“セグメントの手によって作られた祭壇”ということ。


 昨日、親父が言っていた“後から人の手によって築かれた方の祭壇”。


 そして――道は、ここで途切れている。


「ここが……最深部、よね?」

 エルナーが俺とお袋を見る。


「分かれ道……も、なかったよな?」


「ええ、確かに。一本道だったわ」



……何も、なかった。

 話と違う状況に、俺たちは困惑する。


「試しに、祭壇にソウルドラグナーを置いてみたら?」

 お袋の提案に、少し戸惑いながらも頷く。


「お、おう。……やってみるか」

 俺はソウルドラグナーを鞘から抜き、そっと祭壇の上に置いた。



……しかし。

 何も、起こらなかった。



「……これは、どういうことなんだろうか」

 俺がぽつりと呟くと、


「帰ったら、リヒターを問い詰めないとね」

 お袋が、少し怒り気味に言い放った。


「何か見落としてるかもしれないわ。

 もう一度、よく調べてみましょう?」


 エルナーの提案に、お袋と俺は頷いた。



 一度、入口の方へ戻ってルートを確認しようとした――そのとき。



『……!』



 ソウルドラグナーを手に取った瞬間――

 何か、強烈な“気配”のようなものを感じた。



「レフィガー、どうしたの!?」

 エルナーの声に、明らかな心配と警戒心が滲む。


「……いや、わからない。

 けど突然……何かを感じたんだ。まるで、剣が俺に……語りかけてくるような感覚……」


 その言葉に、お袋とエルナーは表情を引き締め、即座に身構える。


「どんな気配なの? 近い?」

 エルナーの声は落ち着いていたが、微かな緊張が混じっていた。



「いや……剣から感じる」

 俺はソウルドラグナーを見つめながら、言葉を選んで答える。



 まるで――この剣が、意思をもった存在のように、

 静かに、確かな“何か”を伝えようとしているような……そんな気がした。



「殺気や怒り……そういった感情は感じる?」

 お袋の声は冷静だが、どこか慎重な響きをはらんでいた。



 俺は目を閉じ、剣の感触に意識を集中させる。


 これは……これまでに感じたどんな魔力とも、敵意とも、違う。

 圧ではなく、語りかけるような存在感。だが、危険なものではない。


「そういうのとも違う……。

 今まで経験したどの感覚とも違う」


 ふと、俺は剣を構え直してみた。

 戦闘のときと同じように、剣先を上へ――



 その刹那。



 剣先から、淡い光の玉がふわりと現れた。

 それはゆっくりと宙をただよい“光の線”を放つ。

 まっすぐ洞窟の入口の方――外の方角を指し示している。



――言葉を失った。


 ソウルドラグナーが、このような“反応”をしめしたのは……初めてだった。



 お袋とエルナーも驚きに目を見開き、顔を見合わせる。


「……レフィガー、それって……」

 エルナーの声には、驚きと戸惑いが入り混じっていた。


「……ふぅん。面白いことになってきたわね」

 お袋が唇の端を軽くゆがめた。


 その表情には、驚きの中に――“確かな期待”が宿っていた。



3-2 ついに見えた!『真の入り口』への道筋。


「なるほど。ソウルドラグナーを“持ってくる”だけじゃなく、

“触れている状態”じゃないと反応しないようね」

 お袋が、興味深そうに呟く。


 納得の表情を浮かべながらも、その瞳はわずかに光っていた。


「とりあえず、光のほうに行ってみるか?」

 俺が言うと、二人は静かにうなずいた。


 お袋は、俺の剣先から伸びる光が見えやすくなるよう、

 『ルミナス・グロウ』の光をそっと消した。


 真っ暗にはならなかった。

 むしろ、ソウルドラグナーが放つ光がくっきりと浮かび、導線のように空間を走る。


 俺たちは、その道をたしかめるように、ゆっくりと進んでいった。


 どこか呼吸が深くなるような静けさの中を、光に導かれて進む。

 しばらくして、光は――ある一点、まっすぐ壁へと突き刺さっていた。


「これは……」


 俺は壁にそっと手を伸ばす。

 感触は――ただの岩の壁。


 叩いてみても、内部に空洞があるような響きは返ってこない。


「レフィガー、ちょっと代わって。私に見せて」

 エルナーが前に出て、俺と入れ替わるように壁へ触れた。



その瞬間――

 エルナーの掌が触れたあたりが、ぼうっと淡く光を帯び始める。



……俺とお袋は、息を呑んだ。


 エルナーは顎に手を当て、何かを考えるように壁を見つめていたが――



 次の瞬間、迷いのない動きで、ヴェイルセイジを天高く掲げた。

 その杖に、彼女は魔力を込める。



――チリチリと空間が震え、タリスマンの先端がまばゆく発光。



 やがて、壁面に見たことのない形状の魔法陣が浮かび上がった。


「魔力を増強して、壁に直接干渉してるの。

 レフィガー、ラルファ――私と一緒に、この魔法陣に触れて」


 俺とお袋は顔を見合わせ、そっと頷く。


「じゃあ――いくぞ。せーのっ!」

 俺たちは、三人同時に魔法陣に手を伸ばした。



 次の瞬間――


 視界が、音もなく反転する。


 目の前にあったはずの洞窟の壁も、石畳の床も、

 すべてがふっと溶けるように消え――



 そこに、俺たち三人の姿も、もうなかった。



3-3 転移された先。



 魔法陣に触れた、その刹那。



――俺は、突然“暗闇”の中にいた。



 ソウルドラグナーは、確かに手の中にある。

 けれど……剣から放たれていた光は、もう消えていた。



 ただ、剣から伝わる“あの異様な感覚”――それだけは、まだ残っている。



『ルミナス・グロウ!』


 思わぬところから声が響いて、反射的に肩が跳ねる。


 エルナーの杖先――タリスマンがまばゆく輝き、その光がふわりと宙に浮かぶ。

 空間が柔らかく照らし出され、すぐ隣に、お袋の姿も見えた。



 ……どうやら、俺たち三人とも、同じ場所に転移されたらしい。



 そこは、さっきの洞窟とはまったく雰囲気が違っていた。


 整備された石畳など一切ない。足元は、自然のままのごつごつとした岩肌。

 高めの天井には、鍾乳石しょうにゅうせきがびっしりと生えている。



「……転移されたようね」

 お袋が周囲を見渡しながら呟く。


「……とりあえず、進もう」



 俺は小さく頷き、ソウルドラグナーを前に突き出す。



 すると――

 剣はふわりと浮き上がり、そのままゆっくりと、ひとりでに移動をはじめた。



『精霊よ、我が道をしめ

   ――ガイド・ルーン!』


 そのタイミングで、お袋が唐突に魔法を唱えた。


――ガイド・ルーン。

 森や洞窟で迷わないよう、目印をつけてくれる精霊魔法だ。


「何かあったときの保険にね」

 お袋はさらりと微笑む。……心強い。


 こうして俺たちは、導かれる剣を追って、再び歩きはじめた。



 しばらく歩いたところで、エルナーがふと、俺の袖をくいっと引っぱってくる。



「ねえ、レフィガー?

 ……どうして、剣がそうなるって分かったの?」

 首を傾げながら、不思議そうに俺を見上げる。


「……分からない。無意識だった。

 でも、なんとなく……そうすればいいって、そう“感じた”んだ」


「ほう……」

 お袋が腕を組み、ふむと軽く息を漏らす。


「案外、ソウルドラグナーを継いだ者にしか分からない“秘密”があるのかもしれないわね」

 その横顔は静かに思索しさくに沈みながらも、わずかに興味の火を灯していた。



 洞窟の内部は、思った以上に入り組んでいた。

 ところどころ通路が広がったり狭まったり、分かれ道も多く、

 視界に映る陰影いんえいの奥にも道が続いているように見える。


「ここ、思った以上に複雑ね。こんな場所で迷ったら大変そう……」


「お袋の保険は、正解だったな」


「そうね。これは……思っていた以上に“迷宮”だわ」

 そう言いながら、お袋は要所ごとに『ガイド・ルーン』をきざんでいく。


 淡く浮かぶルーンの光が、少しずつ積み重なって道を記録してくれる。

 これがなければ、きっと帰り道を見失っているだろう。



 やがて――

 導かれていたソウルドラグナーの動きが、唐突に止まった。


 その先には、大きな岩が道を塞いでいる。


 俺がそっと手をかざすと、剣はふわりと空気を抜いたように力を抜き、

 そのまま自分から手の中に戻ってきた。



――もう、“導き”は終わったらしい。



 目の前の空間は、やや広がっていた。

 天井は高く、岩肌がそのままむき出しになっている。


 無数の鋭い鍾乳石しょうにゅうせきが天井から突き出し、『ルミナス・グロウ』の光が反射して、空間中に細かい影を描いていた。



 そして――その奥。



 巨大な岩壁の中央に、見覚えのある紋章が刻まれていた。


 ドラゴンの顔を象った紋章。


 それは、先ほどの“人造祭壇”に刻まれていたものと、まったく同じ意匠いしょうだった。



 けれど、そこに刻まれた線は――

 さっきよりも深く、古く、まるで“生き物の痕跡”のように静かにうごめいている気がした。

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