第4章 セグメント魔導士協会本部

4-1 執務室――会長と対談


「バセル会長、失礼します! お客人きゃくじんがお見えです」


「はい。どなたですかな?」


「魔導士ラルファ・セルキナーと、セグメントの姫エルナー・ヨルネ・フィール様。

 そしてご同行で、ラルファ・セルキナーのご子息、レフィガー・セルキナー様です」


 その名前を聞いた瞬間、バセルの手が止まった。

「……おお。姫様と、ラルファか。すぐに通してくれ」


 やがて扉が開き、俺たち三人はゆっくりと部屋へ入る。


 お袋は、いつもの堂々とした足取りで進み、バセルの前で軽く手を上げた。

「バセル、こんにちは」


 続いて、エルナーが一礼しながら、柔らかな声で続ける。

「バセル様、おじゃまします」


 俺は二人の後ろから、一歩遅れて入室した。

 この場に慣れた顔ぶれとは違い、やはり少し気後れしてしまう。


「……おじゃまします」

 いつもよりおとなしめに声を出す。だが、これが今の俺の精一杯だった。


 バセルは三人を見渡し、落ち着いた声音で問いかけた。

「お二人とも、施設は自由にお使いいただけるのに……

 わざわざ私のところへ顔を出すとは珍しい。何かありましたかな?」


 お袋は軽く息を吐き、まっすぐにバセルの視線を受け止める。

「実は、先日――ある事件が起こりまして」


 バセルは眉を寄せ、姿勢を正す。

「ほう……詳しくおうかがいしましょう」


「ラルファ、ここからは私が話すわ。何か補足があればお願い。

 レフィガーも補佐をお願いね」


「おう、わかった!」


 エルナーは報告書を手に取り、事件の経緯を丁寧ていねいに語り始める。



4-2 バセルの決断。


「……ふむ。アークリークの召喚……なんとも、厄介な話ですな」


 バセルの顔がしかめられたのも当然だった。

「私の知る限り、そのような事件は、文献ぶんけんにも口伝くでんでも……記憶はありませんな。

 これは、歴史に残すべき重大な一件と見て間違いないでしょうな」


「ええ。私もこれまで各地を旅して見聞を広げてきたけれど、

 アークリーク召喚を試みるような話は、少なくとも私の知る限りでは耳にしたこともないわ」


 お袋はそう言ったあと、ほんの一瞬だけ視線を落とした。

 言葉の続きを探るように、わずかに眉を寄せて――

 けれど結局、その沈黙は、静かに空気へ溶けていった。


 バセルは腕を組み、低く唸るようにつぶやく。

「しかし……うーむ……」


 そのまま数秒考え込み、改まった声音で口を開いた。

「……今回の件について――あるいは『アークリークを召喚できてしまった』という事実は、

 おおやけにするべきかどうか、慎重に検討せねばならないでしょうな」


 それに対して、エルナーはしっかりと首を振った。


「あの場にはランブルク勤務の兵士や魔導士たちが多数いて、

 皆が目撃してしまっているわ。隠し通すのは……難しいと思うの」


「そうだな。こうなった以上、下手に伏せるよりは公開してしまった方がいい。

 変な尾ひれのついた噂になるより、ずっといい」


 お袋が即座にうなずいた。


「確かに、多数の目撃者が出てしまった以上、隠すのは難しいですな。

 こうしている間にも、話は広まりつつあるかもしれませんしな……」


 バセルはわずかに目元を引き締め、重くうなずいた。

 その仕草には「納得」と「警戒」の両方がにじんでいた。


 そこにお袋が重ねる。


「それに――もう“召喚の方法”そのものは残っていないのだから。

 報告はあっても、そこから同じ手段を導き出すのは限りなく難しい。

 そう判断していいと思うわ」


 バセルは顎に手を当て、再び考えに沈む。

 そしてしばしののち、静かに判断を告げた。


「ラルファがそう言うのなら、公開に踏み切ってもよいかもしれませんな。

 召喚の魔導書の件も、了解しました。


 ……もちろん、中には反発の声をあげる者もいるでしょうが、私の知る限り、

 多くの魔導士は“危険な魔導書を残すリスク”を重く見るはず」


 そして、穏やかな微笑みを添えて言葉を継いだ。


「それに、反発があったとしても――


 “歩く魔導図書館”としょうされる姫様が勇気ある判断を下した。

 そう伝えれば、すぐに沈静化するでしょう」


 その言葉に、俺もエルナーも……同時にほっと息を吐いた。


「そうよ。もし持って帰ってきたなら、私が直々に燃やしてお説教コースだっただけよ?(笑」

 お袋がいたずらっぽく胸を張り、歯を見せてのけぞる。


(……お袋よ、ここでもその調子なのかよ……)

 苦笑しながらも、俺はどこか安心していた。



4-3 安堵の後で。


「それにしても姫様、アークリークを目の前にして、よくご無事でしたな」


 バセルの言葉に、エルナーがにっこりと笑ってこちらを見る。


「そのとき、最高の――(生涯の)パートナーがいたのですから」



「……おい! 今、“パートナー”の前に妙な余韻よいんがあったぞ!?

 絶対なんかよからぬことを考えてただろ!」


「なんのことかしら?

 あなたは私と一緒になるのが、もう生まれた時から決まってたのよ?」


「相変わらず……適当なことを言うな……」


「ほんっとにエルナーは、我が息子のことに関してはブレないなあ!(笑」

 お袋が横から割って入り、歯を見せるふてぶてしい笑みで俺を見据える。


「息子よ。一国のお姫様で、器量きりょうも申し分ない。文句ないだろ?

 いい加減に諦めて――嫁に迎えてはどうだ?(笑」


 お袋の背中バシバシがきた、痛い痛い、

 背中だけじゃなく、“いろんな部分”が痛い。


「やったー!! お母さまからも許可が出たわ!

 早く結婚しましょう!!」


(……もう、勘弁してくれ)


 バセル会長は、ふっと苦笑を浮かべながら、俺たちのやり取りを静かに見守っていた。



4-4 絡み合う神話。


 お袋とエルナーの剣の舞(俺の心への鋭利な斬撃)が一段落した。


 そのタイミングでバセルは、改めて穏やかに語りかけてくる。


「いや、しかし――レフィガー殿がその場に居合わせたのは、実に奇跡的な巡り合わせではないですかな?

 アークリークという存在に対して、“唯一対抗できる力”――

 スィーフィードの加護を宿したソウルドラグナーがいた。

 そして、それを唯一使えるセルキナー家の者が現場にいた。


 これは、まさに……スィーフィードのおみちびきとでも言うべきでは?」


「ええ。レフィガーがいなければ、この事件は解決できなかったと思うわ」

 エルナーが、少し照れたようにこちらを見ながら頷いた。


「……でもさ。ほんとにこの剣って、スィーフィードの牙だったのかな。

 なんか、伝承って言われても実感がないっていうか」


 俺がぽつりと疑問を漏らすと、エルナーも頷いて返す。


「確かに、文献にはそう記されていても、実際のところ証拠は残っていないものね。

 ただ――今回の件でアークリークが、“知らないはず”のスィーフィードの力だって言ってた。

 だとすれば、あの話が真実だった可能性は高くなったと思うわ」



 そのとき――



「いえ、それは伝承ではなく、事実ですよ?」

 バセルが、さらりと驚くようなことを言ってのけた。


『……えっ!????』

 思わず声を揃えたのは、俺とエルナー、そしてお袋だった。


「おや? リヒターは、ちゃんと知っていたはずですが……。

 どなたもご存じなかったのですか?


 本来、代々ソウルドラグナーを継ぐ者には、その真実は最低限伝えられているはず。

 レフィガー殿も、教えられているものと思っておりましたが……」


 言われてみれば……親父から、そんな話は一切――


「……知らねええええええ!!!!」


 俺の叫びが、静かな部屋にこだました。


 こうして、ランブルクから始まった長い一連の出来事は、ひとまず終息を迎えた。


---


だが――

ソウルドラグナーの真実をめぐる新たな旅の幕開けが、今まさに始まろうとしていた。



スィーフィードレクイエム Vol.2

 ~判断への重さ~編 ―完― Vol.3へ続く――

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