第4章 急展開!、真相への道筋!!

4-1 寝室(翌朝)


 目が覚めたのは、やけに眩しい朝日だった。


 昨夜、自分で蹴破ったせいでガラスどころか格子こうしすらない――ガランとした窓から、光が気持ちよく差し込んでいる。

 庭園の木々が風に揺れ、朝露が葉の先からきらりと落ちる。鳥たちのさえずりまで聴こえてきた。



――あんな戦いがあったなんて、嘘みたいな朝だ。



……ふと視線を落とすと、すぐ隣でエルナーが、無防備すぎる寝顔で寝息を立てていた。


「エルナー起きろー、朝だぞーー」


 からかうように頬をつつくと、彼女がうにゃっと寝返りをうった。


「ん~~、レフィガーの声だぁ~~……♪」


――そしてそのまま、彼女の腕がゆっくりと俺の首元へと伸びてくる。



ガシッ!!


(え?・・・)


 思考が追いつくことなく突然後頭部は彼女の腕にロックされ。

 俺の顔は全力で彼女の胸元に引きずり込まれていた。


 わずかだが、突然の出来事に思考が停止する。

――が、すぐに状況を理解して、思わず赤面する。


「うわーーーー!!! エルナーおちつけ!放せ!!放せ!!」


「う~ん💕 寝ぼけてるからよくわかんな~~い💕💕」


(いや、力加減完璧だし! 絶対わざとだこれ!!!)


「おい!! ほまへ!!(お前)へったい!!(絶対)ほきへるだろ!!!(起きてるだろ)」

 声を出そうとするたび、顔面に押し当てられた“アレ”の柔らかさに言葉が潰れてしまい、何ひとつちゃんと発音できない。


「寝てまーす、絶対寝てまーーーす💕💕」

 必死で腕を振りほどこうとするが、締め付けの強度はまるで岩のように一定だ。


「いいかげんにしろーーーー!!!!」

 ……俺の、絶望の叫びだけが朝の静けさを切り裂いていった。



――数分後、俺たちは廊下を歩いていた。



 というか、俺は完全に精魂せいこんてて、魂が抜けた目でフラフラと移動中。

 その隣では、例の“勝者”が満足そうに微笑んでいた。



 あれが……あれが本当の余裕というやつか……。


「レフィガーごめんね♪ つい出来心で、悪気はないのよ。

 ただ、レフィガーが欲しかっただけなの♪」



「エルナー、お前もいい年なんだから、いい加減にしてくれ(汗」

 さっきの件がトラウマで、俺は思わず距離を取る。

 だが、そんなものは無意味だった。彼女は半歩で詰めてくる。

「えー、いやなの???」

 俺の顔のすぐ真下から見上げるように彼女は俺に話しかけてくる。


「お、お前なー……お前も俺と同じ、もう18歳なんだから……もうちょっと節度をだな……」


 彼女は健康的でかわいらしい顔立ちをしていて、容姿だって申し分ない。

 それでいて、胸元が思いっきり露出した衣装をまとってる。マントはショルダーパッドで固定され、前は完全に開いている。


――冒険者としては“動きやすさ重視”のよくあるよそおい。たしかにそう、そうなんだけど。

 これで抱きつかれるのは、さすがに、意識しない方がどうかしてると思う。


「私としてはレフィガーと一緒になる準備はできてるんだからいつでもいいのよ?なんなら今すぐにでもね♥」

 朝から飛び出す、全力プロポーズもどき。しかも即日スピード婚前提。



「か、勘弁してくれー……(涙」

 もはやツッコミすら力尽きかけてる。


 ……朝から疲労度が急上昇。

 魔族との戦いより、こっちのほうが精神削ってくるのはどういうことだ。

 エルナーと一緒に行動するのは――やっぱり、間違いだったかもしれない。


 ……でも、少しだけ。

 その賑やかさが、救いだったりもする。


4-2 王の間


 玉座の間には朝の緊張が静かに満ちていた。


 その空気を少し和らげるように、王が顔を上げる。

「おぉ、エルナー様にレフィガー殿。よく眠れましたかな?」


「それなりには」


「ランブルク様、おはようございます! 健康なのが取り柄ですので!」


 元気いっぱいに笑顔を見せるエルナーを、俺は横目で見る。


(そりゃあ、朝からあれだけ元気ならな……(汗)

 にっこりと見返してくる彼女の顔に、内心またしてもため息が出そうになる。


「それで、状況はどのような感じでしょうか?」


 切り替えるように問いかけると、王はすぐに頷いた。


「うむ。城へ勤める者のほぼすべての安否の確認は取れた。

 我が城に仕える者は約三千五百名。

 昨夜、城に詰めていたのは兵士と一部の炊事番、常勤医らを含めて三百五十七名であった」


 ……三千五百。数字を聞くだけで、この城がどれほどの規模かが改めて分かる。

 “王の城”なんて言葉に漠然とした格式の高さしか感じていなかったが、これだけの人が日々動き、支えている場所だったのか。



「昨日の事件は、あの“幕”の内部で発生しました。よって、城外の者への直接的影響はほとんどないということでしょうね」


 俺の問いかけにやはり、すぐに頷き話を付けてくる。


「その通りじゃ。勤務中の兵士のうち、二百五十七名の無事を確認。


 ……そして、現在確認された死者は百六名に及ぶ」


 数字が静かに告げられた。

 だがその言葉は、壁を殴られたような重みで胸に沈んでいく。


「たった一晩で、そんなにも……」

 拳を握る。

 今も、あの黒い幕の中で泡を吹いて倒れていた兵士たちの顔が脳裏に焼きついている。


「生存者が二百五十七名、死者が百六名。そして行方不明が――まだ十二名?」


 エルナーの問いかけに対して王は首を軽く横に振り、再び口を開く。


「いや、遺体として見つかった者百六名のうち、身元が判明しているのは九十四名。

 つまり、生存確認が取れていない者は二十四名となる」


 名前を呼ばれても返事がない。

 部屋にもいない。周囲にも姿が見えない――

 そんな“不在のまま取り残されている者”が、まだ二十人以上もいるという事実は、胸の奥にずしりとくる。


「遺体は……屋外だけじゃないのですか?」


「うむ。城内でも確認されておる。兵士に限らず、他の職務に就いていた者にも死者が出ておる。

 現在は身元不明の遺体の調査を進めるとともに、城内の隅々

――部屋、地下、井戸なども含めて、職員総出での確認を急いでおるところじゃ」



「井戸……。」

 俺は思わずぽつりとつぶやいた。

 その言葉に、一瞬ひやりとしたものが背筋を走る。


 どんなに整った王城であっても、“暗くて狭くて底が見えない場所”は存在する。

 あの“黒い幕”が――人の心と同じく、そこへまで染み出していたとしたら……。


「……広いですからね。全体の確認には相応の時間がかかりそうですね」

 俺は城の中を思い浮かべながら、口に出した。


 わずか数日だが、でもそれだけの時間それなりにこの城の中を歩き回ってはいる。

 だが知ってる場所はわずかだ。

 まだ、行ったことの無い場所もたくさんある。


「それが悩みのひとつでもある。

 今回は魔族が直接的に暴れたわけではないゆえ、遺体に目立った損傷はないのだ。


 ある意味、それがまた異様での……。

 だが、生存者たちに現在、大きな健康的異常が出ていないこと――それだけが唯一の救いじゃな」


 “暴れたわけではない”という言葉に、妙な違和感が残った。


 魔族が殺した。けれど、その痕跡を残していない……、

 まるで“静かに刈り取ること”を意図したかのように――


 どこか、やはりおかしい。



……そのときだった。

 王の間の扉が音を立てて開き、あおざめた顔の兵士が駆け込んできた。


「王様ッ! 昨夜、襲撃してきたと思われる“魔骸まがい”を発見しました!」



――『!?』

 その場にいた全員の空気が、一斉に凍りついた。



「報告されていた魔族の容姿と一致しています。

 胸部には――内部から破裂したような外傷が確認されました。

 この特徴から見ても、“同一個体”と判断して間違いないかと!」


 ランブルク王が玉座をわずかに前のめりになる。

「どこだ? 魔骸まがいは、どこで発見されたのだ!」


「……ラフィール副魔導士長の部屋にて、発見されました。

 部屋は荒らされた様子もなく、しかし――副魔導士長の姿は見当たりませんでした」


 ランブルク王は少し悲しげな表情をして口を開いた。


「ラフィールは……まだ、生存確認が取れていないな」



(ラフィール……)

 その言葉に、俺の心臓が不意に強く打つ。


 間違いない、あの時、街で俺に声をかけてきて、王のもとへ案内してくれた男――あいつだ。

 まさか、その部屋から……?


 すると、エルナーが兵士の方へ一歩前に出た。

「その、魔族と思われる“魔骸まがい”、私たちが確認してもいい?」


 兵士は、エルナーの顔をみて返事を返す。

「はっ、もちろんです。まだラフィール副魔導士長の部屋に、そのままの状態で……」


4-3 ラフィールの部屋


 俺たちは、ラフィールの部屋へと足を踏み入れた。


 副魔導士長の部屋だけあって、壁一面に整然と並ぶ魔導書。

 大小さまざまな魔導実験装置が、所狭しと設置されていた。



 魔骸まがいは、書斎の一角――ラフィールが普段使っていたと思われる机のそばで、壁にもたれかかるように崩れ落ちていた。

 他の魔導士による診断の結果、生気は完全に失われているとのことだった。



「まさか……こんなすぐそばにいたとはな」

 俺が小さく呟く。


 視線は、壁にもたれかかるように崩れ落ちた“それ”に釘付けだった。


 すぐ隣から、ため息混じりの声が返ってくる。

「ほんとにね。移動と同時に気配まで消えたから、どこか遠くへ飛んだんだと思ってたわ」

 彼女は小さく首を振って、視線をゆっくり魔骸まがいから王の方へ移す。

「ランブルク様。この場で詳しく調べてもよろしいでしょうか?」


 ランブルク王がわずかに息を吸い、数拍ののち、静かに答えた。


「うむ、かまわぬぞ。事件の解決につながるのなら、いくらでも協力する」


 王の許可が出たのを受けて、彼女は賢杖けんじょうヴェイルセイジを掲げ、魔法を唱えた。


『ホーリー・サンクチュアリ!!』

 空気が一瞬緊張し、部屋全体が青白い光に包まれる。

 白魔法特有の結界が、穏やかに、だが確実に、空間全体を制圧していく。


「これは魔族の能力を制約する対魔物用の神聖魔法よ。

 こいつが……まだ生きている可能性もあるかもしれないから、保険としてね」


 そう言い終えると、また次の呪文を放つ。


『ホーリー・エンバーム』

 魔骸まがいが一瞬ほわんと白い光を放った。


「白魔法系の保存魔法よ。黒魔法のネクロスタシスを使うほうが簡単だけど。

 魔族だと黒魔術は吸収してしまいそうだし、ホーリー・サンクチュアリと衝突する恐れがあるから……こっちを選んだわ」


 彼女はそっと、まだうっすらと光が残る魔骸まがいの身体を調べはじめた。



 やがて、眉がぴくりと動く。

「ん……?」


 エルナーは慎重に、魔族の土色のローブをめくる。



 あらわになった体表たいひょうは毒々しい灰褐色はいかっしょく――しかし、その中に、妙な色の違いがあった。


「ねぇ、レフィガー。ここ、見て」


 彼女が指さしたのは、左脇腹の下。

 毒々しい皮膚の一角が、そこだけ不自然に“人間の肌”になっていた。



「……これは……」

 言葉が自然に漏れる。



 その異様な変化を前に、彼女は表情を引き締め、ふたたび杖を高く掲げた。


『聖なる光よ。

  迷える魂に安息あんそくを与えたまえなんじの輝きにより。

   けがれなき道へみちびかん。

    ――ホーリー・リストレーション!』


 純白の光が、魔骸まがいの体全体を包み込むように溢れ出す。

 その輝きは一瞬、室内を眩しさで満たし――やがて、ゆっくりと収まっていった。


 光が引いたとき、そこにあったのは――



 あの魔族ではなく、ラフィールだった。



 毒々しい皮膚は消え、魔族の姿も失われていた。

 床に崩れるように横たわっていたのは、確かに俺をこの城へ案内した、あのラフィール、その人だった。


 彼女はぽつりと、つぶやくように。

「肉体だけは再生できたけど……おそらく、スピリットウォールは崩壊している。復活魔法は、もう使えないわ」

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