第3章 エルナー登場
3-1 戦闘終了
そのまま抱きついた彼女は、耳が痛くなるレベルのボリュームでわめいた。
「レフィガーーー!!本当に!!ほんっとーーーにっっ!!探したんだからね!!」
ぐいぐいと抱きしめてくる力がさらに強まる。背骨が若干悲鳴を上げてる気がする。
「いつまでたっても帰ってこないし、おとうさん(義父)、おかあさん(義母)も心配してたよ!!私だって心配してるんだからちゃんと定期的に帰ってきてよ!!」
そこで俺は、
「おい!! 俺の親父とお袋に向かって呼び方『義』ってつけるな!!」
次の瞬間、キラッと目を輝かせ、満面の笑顔を咲かせた彼女が爆弾を投下してきた。
「え?? もうパパ(実父)、ママ(実母)でいいってこと??? やったーーー!! 早く挙式を上げましょう!! お父様たちにすぐ報告しなくっちゃ!!」
テンションの異常さに軽くのけぞりながら、俺は頭を両手で押さえ、悲痛な声をあげた。
「だーーーーれもそんなこと言うとらんわーーーーーーーーー!!」
……まったくもって、これがエルナーだ。
エルナー・ヨルネ・フィール。神聖都市セグメントの姫であり、俺と同い年の幼なじみ。
騎士の家系で、かつて俺の親父が城の騎士団長をやってた縁もあって、昔から一緒に過ごしてきた。
ちなみに親父は引退して木こりになってる。「剣より斧の方がしっくり来る」とか言ってたけど、真意はいまだに謎だ。
エルナーの父、ファーガル王(俺にとっては“ガルおじさん”)と、ナディーネ女王(“ナディさん”)とは家ぐるみの付き合いがある。
……まあ正直、一国の姫様には、もっとこう、他に相応しい相手がいると思うんだが――それを口に出すと俺の自由な旅が終わる気がするので、黙っていることにしている。
少し落ち着いた頃、俺は改めて頭を下げた。
「エルナー、本当に助かった。礼を言うよ」
すると胸を張って答えが返ってくる。
「いえいえ、どういたしまして!! そんなことより早く帰って挙式の準備を!!」
「で? なんでエルナーがこんなとこにいるんだ?」
空気の読めない爆弾(幼なじみ)の相手をしていたら、真面目な話が進まないので、無視して話を進める。
「レスター地方で、今までに見たことのない古文書が見つかったって話があってね。それを見に行った帰りだったの。
で、たまたまランブルクに来てて、宿屋で“聖剣を持った客人が来てる”って話を耳にして……
それってレフィガーかなーって思って来てみたの!」
「そうか。今回は感謝だな。俺ひとりじゃ守りきれなかった」
彼女はふっと目を細める。
「それより、あれって魔族よね? 詳しい経緯を聞かせて?」
「ああ。とりあえずランブルク王に報告もあるし……一度、城まで来てもらっていいか?」
――こうして俺たちは、王のもとへと足を運ぶことになった。
城へ戻ると――そこには、静かで、そしてあまりに重たい光景が広がっていた。
先ほど見た兵士たちが、地面に倒れていた。
血走った目を見開いたまま、泡を吹いた状態で、すでに――息は、なかった。
重苦しい沈黙が、空気ごと凍りつかせる。
生き残っていた兵士たちも、仲間の無残な姿を前にして、誰一人、声を出すことができなかった。
その中で、彼女だけがぽつりと呟いた。
「…………強い呪いにかけられたようね。
ごめんなさい……守れなかった……。
もっと早く来ていれば……助けられたかも……。
いや、それでも、無理だったかもしれないけど……」
感情を抑え込むように、細い肩が震えていた。
両手で握った杖に力が入りすぎて、小さく軋む音が聞こえそうなくらいだった。
……エルナーは、昔からこういう奴だった。
王族の血を引く姫君。
なのに、誰よりも仲間を見捨てない。誰よりも、傷つくことを恐れない。
だからこそ、彼女のそういう横顔は――痛いくらい真っ直ぐで、見ていられなかった。
「……とりあえず、王のところへ行こう」
俺は目を細め、静かに言った。
「この騒ぎだ。もう王は目を覚ましてるはずだし、幹部たちも王の間に集まってるだろう」
それが現実だ。
起きてしまったことを、戻すことはできない。
だとすれば今は、この事態を――王に、報告することが最優先だった。
3-2 王の間へ
王の間へ通されると、王はすでに正装に身を包み、玉座に座していた。
「よくぞ無事で戻ってくれた、レフィガー殿。それに……セグメントの姫君も。加勢いただき、感謝する」
落ち着いた声だったが、その奥に深い悲しみと怒りが滲んでいるのが伝わる。
俺はうなずき、これまでの出来事を詳しく語った。
「敵は魔族でした。黒い幕で城全体を覆い、何らかの全体攻撃を仕掛けてきたようです」
彼女が横から補足する。
「見ていた範囲では、精神系に作用する呪い攻撃だと思うわ。
レフィガーが見た霧のようなもの――あれが精神に影響を与えて、スピリットウォールが崩壊した。
その瞬間、魔族がスピリットソウル――魂を吸い上げたんだと思うわ」
静かに目を伏せた王が、深く息を吐いた。
「多くの兵が命を落としてしまった……
だが、お二方のおかげで、それが最小限で済んだのだ。心から感謝する」
「問題は、あの魔族が陛下の言われていた“不吉な予感”の正体だったのか、ということです」
「……うむ。この一件以来、あの嫌な気配は確かに感じなくなった。
断言はできぬが、可能性は高いと思っている」
彼女は唇を引き結ぶ。
「魔族が城を直接襲撃してきたなんて、セグメントの歴史書にも、少なくともここ数百年記録はなかったはず。
……これは、何か大きなものが動き出してるかもしれないわね」
重たい空気が、王の間を包んだ。
襲撃者が魔族であることは確定している。だが情報があまりに少なすぎる。反撃の手も探りようがない。
「レフィガー、あの魔族の気配に、何か感じた? 来る前触れとか」
「いや、まるで気づけなかった。
突然あの黒い幕が出現して……異様な気配と不快な音でようやく気づいた」
「私も……気づかなかった。というか、レフィガーが言う“幕”自体すら、見えてなかった。
レフィガーが結界を破った瞬間、ようやく強烈な邪悪な気配を感じたわ」
おかしい。
本来、魔族の持つ気配はあまりに強大すぎて完全に隠せるものじゃない。
一般人ならともかく、ある程度鍛錬を積んだ術士、ましてやヨルネ家出身の彼女が何も察知できなかったというのは――あまりにも不自然だった。
それでも、彼女は笑って声を掛けてくる。
「……レフィガー! 私も手伝うわ! 乗りかかった船だし、それに、せっかく会えたんだもん!」
その宣言に、王が小さく目を細めてうなずいた。
「エルナー様にそう言ってもらえるなら、これ以上心強いことはない。……頼ませていただけますか」
「任せてください!!」
彼女が力強く胸を張る。その勢いに、思わず釘を刺す。
「……無茶は、するなよ?」
「うん!」
彼女は真っ直ぐにこちらを見上げ、にぱっと無邪気に笑いながら小さくうなずいた。
エルナーは、こう言い出すと本当に止まらない。
本来、一国のお姫様にこんな現場へ出張らせるなんて、正直、無謀といえば無謀かもしれない。
――けれど、彼女に限っては話が別だ。
戦闘センスも申し分なく、知識の引き出しもバケモノ級に多い。
それもこれも、俺の母の影響で魔法の基礎から応用まで一通り叩き込まれて育ったからだ。
しかも、持ち前の魔力量はナディさん――エルナーの母親譲り。
結果、彼女は“歩く魔導図書館”なんて通り名まで付けられている。
……そりゃあもう、背中を預けるならこれほど心強い相棒はいない。
「とりあえず、今回の件が完全に解決したとは言い切れぬが……“ひとまずの危機”は回避できた。
兵たちは疲弊しきっておるし、城の者の安否確認もまだ完全ではない。
そなたらも含め、戦える者はまず休め。再び
王の声音には疲労と、それを押し殺す威厳が滲んでいた。
「わかりました。俺とエルナーも、一度休息をいただきます。
明日の朝、改めて情報を整理して……対策を練りましょう」
こうして俺たちは、一度王の間を後にした。
3-3 寝室にて
俺の部屋には、来客用らしきベッドが三つ並んでいた。
迷うことなく、彼女は俺の隣のベッドに腰を下ろし、靴を脱いだ。
言葉はなく、そのままふたりして横になった。
重苦しさではない。
ふたりしかいない空間に、言葉はなかった。
ただ静かに、同じ空気を吸っていた。
やがて、隣から静かに声が届く。
「あの魔力、あの魔法、レフィガーたちが
間違いなく『人間』が扱う魔法の
「ああ。見た目も明らかに人間じゃなかった。魔族と考えて、まず間違いないだろう」
彼女は小さく息を吐いた。
「たしかにそうね。でも、なら……どうして?
どうして、あんなことが起こるまで誰も気づけなかったの?」
俺は枕に肘をついたまま考え込む。
「奴の魔力は、尋常じゃなかった。
上位魔族なら、何かしら魔力を隠す能力を持っていたかもしれない。
あるいは……特殊な道具を使っていたか」
けれど、彼女はゆるく首を振った。
「それでも……そんな危険を冒してまで、どうしてわざわざこんなことをするの?
ただ暴れたいだけの魔族にしても、あまりに無計画すぎる気がする」
俺は小さくため息を吐き、肩をすくめる。
「わからん」
その直後、彼女がぽつりと呟いた。
「もしかしたら……魔族ではなかった?」
思わず、隣を見る。
その真剣な眼差しに、俺は問い返す。
「……どういうことだ?」
彼女は腕を組み、口元に指を添える。
「まだはっきりとは言えない。
ただ……違和感があるの。魔力の気配、呪文の響き、霧の出方も。
もしかしたら――何かが、いまも起こり続けてるのかもしれない……そんな、感じ」
――そう言って、彼女は少しだけ黙り込んだ。
俺はしばらくそのまま空を見つめ、そして目を閉じた。
「……ならば、今はひとまず休もう」
すぐ隣で、彼女が小さくうなずく気配がする。
彼女も目を閉じると、静かな呼吸だけが寝室に満ちていった。
――俺たちは、疲労の
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