第1章閑話 その2 ブレイブ&ウィッシュのコラボイベント その1

 俺たち二人は昼食後、ブレイブ&ウィッシュを楽しむことにした。


 今日ばかりは、ストレス発散に努めても許されるだろう。




「あ、二人ともようこそ~」




 たまり場には、ニカがいた。


 マオ(みかん)はまだ、寮についていないのだろう。




「ニカって、わりとどんな時でもいるよね。ちょっとだけ、うらやましいかも」




 クラージュ(結希)の言葉に、ニカが首を振る。




「わたし、昨日は大変だったんだよ~! ひたすら働くことになったし~!」




 そういえば、引きこもりではあるが仕事をしていると言っていた。


 一体どんな仕事を、しているのだろうか?




「ひたすら糸を紡いで、それを切って服にして……ああ、飛騨ひだがみえる……」


「それ、遺言だよね! そこまで過酷な環境なの?!」




 いくら何でも、大げさだと思うが。


 元ネタは、まだ労働基準法すら制定されていなかった時期の話だ。


 結希もよく、分かったものだと感心する。




「半分本当。自営業者には、労働基準法なんて適用されない」




 確かに、そういう側面はある。


 とはいえ彼女は、オーナーではないと思われるのだが。


 そう考えなければ、これだけのログイン率は異常であろう。




「昨日頑張った分、今日はお休みにしてもらったの。夢のせいで、体調不良でもあったし」


「まさかと思うが……ニカの見た夢って、デスゲーム?」




 俺の問いに対し、ニカが頷く。


 こんなところにまで、影響が及んでいたとは思いもしなかった。




「アルカナは隠者。私にピッタリ」




 確かに、彼女が適任であろう。


 それにしても、自分の周りにこれだけ、あの夢を見た者が集まることに不安を覚える。




「まあ、そちらのゲームに参加する気はないけれどね。引きこもりにこんなもの。猫に小判もいいところ」




 確かに絆を結ぼうにも、どこに住んでいるのかも分からない彼女は難しい。


 このゲームの中くらいしか、接点がないのだから。




「にゃっ? 呼ばれたような気がしたにゃ!」




 そこに、黒猫がやってきた。




「マオ、早かったね。寮の方は特に、トラブルはなかったのかな?」


「問題なしにゃ。さすがにこれだけ睨まれていて、寮にまで張り付かせる余裕はなかったようだにゃ」




 結希の質問に対し、みかんが答える。


 プレイヤーの中身を知ってしまったため、どうにも気まずい。




「そういえば、そろそろ新しいイベントの告知があるみたいだよ~」




 ニカの言葉とほぼ同じくらいに、新着情報のアイコンがともる。


 俺たちは、一斉にそれを確認することにした。




「コラボイベント。コラボ先は……塵芥じんかい戦記せんき?!」


「つくづく縁があるな。セイラ側のシナリオをクリアすることで、報酬が得られるようだ。更にアルカード、セイラと戦う事で、追加報酬ももらえるらしい」


「これは、見逃せないにゃ。報酬がかなり良いにゃ!」




 みかんのいうとおり、今回の報酬はかなり豪華である。


 メインのシナリオも進めたいところだが、まずはこちらのイベントが先だろう。




「さすが、インフィニティ社。仕事が早い」




 うん?


 ニカの言葉に強い違和感を覚える。


 運営側の情報を得ていなければ、出ない言葉のはずだ。




「ニカは、このコラボイベントのことを知っていたのか?」


「とーぜん。だって、イベント用のデータを送ったのは私のところだもの」


「え?! イベント用のデータって……まさか?!」




 結希と俺、おそらくみかんも同じことに気づいたようだ。


 イベント用のデータ、すなわち戦闘モーション。


 どこでそれを得たのかと考えれば、答えは一つしかない。




「アパレススタジオ N&S。ニカ、そこで働いていたの?!」


「うん。インフィニティ社とは、提携しているよ~」




 まさか、彼女の居所が分かるとは思わなかった。


 あの店ならば、俺たちの家からも比較的近い。


 絆を深めるために、直接行くこともできるくらいだ。




 もっとも、問題は残る。


 店員は何人もいたため、その中の誰が「ニカ」なのかが分からなければ、意味がない。


 それでも、この情報は非常に大きなものである。




「イベント、一気に進めよう! そして、戦ってみたい!」




 結希の言葉に、俺も賛同する。


 あのキャプチャーされたデータが、どのように使われているのか。


 それはぜひ、知っておきたいところだ。




「それじゃあ、イベントフィールドにレッツゴー」




 俺たちは、イベントが行われているところに行くことにした。




 他のプレイヤーたちも、このイベントは美味しいと感じたのだろう。


 かなりの数で、ごった返している。


 そして、その中心にいたのが「セイラ」だ。




「すげえ。この完成度は、見た事がないレベルだぞ!」


「ついに、三次元に来てくれたんだね。嬉しいよ!」


「この体形で、あの剣を振り回せるのかしら?」




 他のプレイヤーたちも、キャラクターのできの良さに感心しているようだ。




「顔のところ、一応テクスチャーは貼ってあるみたいだけれども……ほぼ僕、だよね?!」




 アニメ長のテクスチャーによって、辛うじて「元、二次元」であることは分かる。


 しかし、ベースになっているのは明らかに、結希そのものであった。




「イベント中は、ヘルムの表示設定をオンにしたほうが良さそうだな」




 頭部の防具に関しては、基本設定として透けて見えるようになっている。


 せっかく作ったキャラクターの顔が見えないというのは、プレイヤーにとって強い不満を抱く要因になるからだ。


 しかしあえてフルフェイスを選び、覆面キャラっぽい感じにしているプレイヤーも存在しており、設定でどちらにするかを選ぶことができる。




「カササギも、だよ。イベント終了後に、身バレしたくないならね」




 おっと。


 そちらをすっかり、忘れていた。




「とりあえず、イベントをスタートさせよう。あの動きが再現されるとしたら、アルカードはかなりの強敵になると思うよ」




 俺たちはセイラに話しかけ、イベント開始の選択肢を選んだ。

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