第1章 第22話 アパレルスタジオ N&S その2
俺たちは、スタジオに向かうことにした。
店員たちの予想通り、女性陣はどんな服をオーダーメイドしてもらうか、そしてどの服をこの場で買うのかで、非常に盛り上がっている。
ただ待つだけよりも、スタジオで体を動かすほうが有意義であろう。
「それでは、メイクを行った上で衣装を手直しし、着用してもらいます」
店長の指示に従い、二人の店員がメイクなどを行うこととなった。
慣れていないため、少し戸惑うところはあるが、悪くない。
どんどん顔立ちが、あのラスボスそのものになっていくのが分かる。
結希の方は金髪碧眼の少女が、俺の方は黒髪黒目の少女が担当している。
よく似た顔立ちで、双子のような印象を受けた。
髪の色などが異なるため、一覧性ではないだろうが。
「衣装が完成しました。着付けが大変なので、こちらに来てください」
そして、俺たちは衣装を身に着けた。
姿勢をチェックするためのスペースがあり、そこに設置された鏡で今の状態を確認する。
そこには、あの「アルカード」が立っていた。
紺色のビッグカラーコートと、同じ色のズボン、そして編みこみの入ったロングブーツ。
胸の部分には赤いバラのコサージュがアクセントになっており、首には白いスカーフ。
顔には長年を生きた証である、ひび割れのような紋様が浮かんでおり、カラーコンタクトで右目は黒、左は元の青い色のオッドアイになっている。
これはもう、コスプレというよりは三次元に現れた存在としか、言いようがない。
小物も含め、あまりのクォリティーの高さに驚かされる。
「久しいな、セイラ。百年という時は瞬き一つか、長き苦痛か。我にとっては短くとも、そなたにはさぞ長いものであったであろう」
思わず、決戦前のセリフを口にしてしまった。
これをキャプチャーするのであるから、ハイレベルなものになるのは確定的であろう。
「ええ。いくつもの世代を超えて、今ここに。さあ、今こそ滅びの時。戦いましょう。お互いの全てをかけて」
そこに、セリフの続きが加わる。
やってきた相手の姿に、思わず息をのんでしまった。
結希の面影は、確かにある。
だが、そこにいるのは間違いなく「セイラ」であった。
象徴となる大剣を構え、こちらもまたアニメの世界から抜け出したとしか思えない。
ちなみに結希は顔だけではなく、声もどちらかと言えば女性寄りだ。
そのためセリフが見事に決まっており、舞台の一場面を切り取ったようにしか感じられなかった。
「うん。完全に解釈一致」
「頑張った。でも、これからの演技が大事。絶対に手は抜かない」
そこに、茶髪の店員とと黄髪のヤナがやってくる。
彼女たちの目からしても、上出来のようだ。
「それでは、キャプチャーを始めます。こちらの指示に従って、動いてください」
店長の声に従い、俺たちの演技が始まった。
これだけ凝った服であるにもかかわらず、動きの制約はほとんど感じない。
そのため、指示通りに動くことができる。
空から襲い掛かるアクションも、元々ワイヤーの扱いに慣れた俺にとっては、お手の物だ。
「もし実写版を作るとしたら、この二人は確定枠」
「魔法の時に、手が銃の動きになっているところを除けば、ほぼ完ぺき」
二人の店員からの評価は、かなり高いようである。
さすがに魔法を打つことはできないため、手の部分だけは勘弁してもらおう。
CG合成を使えば、何とかなる範疇であろうし。
「もう一方は……グランドクロスで、苦戦している」
「それでも、今までの人よりずっと上。もう少し追い込めば、何とかなるかも」
驚くべきは結希だ。
本来普通の剣を使っているのだが、今回渡された大剣はほぼ身長に匹敵する、とんでもない代物である。
それにもかかわらず、ほとんどの技を使いこなし、かなり厳しい指示に応えているのだ。
元々結希は「剣」であれば、どのようなものでも使えるという特技があるのだが、それが存分に生かされているのであろう。
「そうか! この流れに沿って動けば……『灰は灰に、塵は塵に!』」
そして、技が完成する。
横に振る動きは「隼」で、そこから天に向けて剣をかざし、一気に振り下ろす。
その勢いは、あらゆるものを切り伏せるのでは? と感じるほど、凄まじいものであった。
「それでは、可能ならばもう一つ。リバース・グランドクロスも再現できるかしら?」
「やってみる。この大剣、使いやすい!」
こちらも数回の試行で、完成してしまった。
横に振る動きは同じであるが、そこから地面すれすれに剣をおろし、一気に切り上げる。
切り上げる勢いは同じく、断てないものはないだろう、と思うほどの迫力であった。
「凄まじいわね。って、あら?」
更に結希の技は続く。
振り上げから振り下ろしへのコンボ。
そして、横から振り上げ、最後に振り下ろしへの三連撃。
完全に自分の技として、動きを取り込んだようだ。
「うっそ。これ、新技に使えると思わない?」
「アニメ版を超えた。真・グランドクロスとして、これは使わせてもらわないと」
二人とも、目の前で繰り出される動きに釘付けである。
特にヤナの方は、相当な興奮状態のようだ。
本当に、結希は恐ろしい。
わずかなきっかけさえあれば、一気に強くなれるのだから。
結果として結希は、振り下ろしの「
むしろこちらにとって、得るものが大きかったと言えるだろう。
「それにしても、違和感があるわね」
「違和感? 俺の目では分からないような、細かいミスがあるのか?」
俺の問いかけに対し、店長は首を振る。
「違和感が「ない」ことが、違和感なのよ。だって、結希は男性でしょう?」
そういわれて、気が付いた。
男性と女性では、そもそも骨格も動きも全く異なるのだ。
故に結希の動きをキャプチャーしたとしても、ベースとなる女性の動きに合わせた修正を行い、それによって本来であれば完成となる。
しかし、結希の動きがあまりにも「女性的」であり、修正する必要を感じさせないのだ。
「まあ、手間が省けてこちらとしてはありがたいですが。お二人とも、お疲れさまです」
謎を残しつつも、俺たちの仕事は終わった。
さて、さすがにそろそろ女性陣も、服を選ぶのを終えていると思うのだが。
衣装を脱がせてもらい、シャワーを浴びてから俺たちは、服のコーナーに戻ることにした。
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