第十三章 聖夜祭における贈り物の最適解と、その心理的効果
雪が、世界の音という音を吸い込み、屋敷が深い静寂に包まれる季節。アンナは、暖炉に焚べる薪を増やし、窓辺にヒイラギのような常緑樹の枝を飾り始めた。それは、この土地に古くから伝わる冬の祝祭、「聖夜祭」の準備であった。
「聖夜祭は、一年の終わりに、大切な人へ感謝を伝え、贈り物を交換する、古くからの習わしでございます」
アンナの説明に、私の脳裏で、新たな探求のテーマが産声を上げた。「贈り物」。なんと甘美で、なんと恐ろしい響きであろうか。
贈り物。それは、物質に非物質的な価値、すなわち『想い』を乗せて相手に届けるという、極めて高度なコミュニケーション術である。品物の選定ミスは、すなわちコミュニケーションの失敗を意味する。これは、下手をすれば人間関係を破綻させかねない、恐るべき儀式なのだ!
私は、アンナ、コンラート、レオの三人に、それぞれ「最適解」と言える贈り物を贈るため、壮大なる人物分析と市場調査(という名の情報収集)を開始することを、厳かに決意したのであった。
***
私の書斎は、再び作戦司令室と化した。机の上には、三人の分析メモが広げられている。
【対象者1:アンナ】
常に私のために立ち働き、自分のことは後回し。彼女の荒れがちな手を守る上質なハンドクリームか、あるいは冷える肩を温める肩掛けか。実用的な品が良いだろう。しかし、待てよ。あまりに実用的すぎると、それは彼女を「侍女」という役割に縛り付けることにならないか? 彼女を「一人の女性」として喜ばせるべきでは……?
【対象者2:コンラート】
寡黙でストイック。物欲がなさそうに見える、最大の難関である。剣の手入れ道具や、頑丈な革手袋が妥当な線か。しかし、それでは彼の「騎士」という側面しか見ていない。彼の、もっと人間的な部分、パーソナルな喜びとは、一体どこにあるのか……。
その時、私の脳裏に、あの不格好なアップルタルトを、実に幸せそうに頬張っていた彼の姿が閃いた。
そうだわ! 彼の喜びの源泉は、味覚、特に『甘味』にあるのかもしれない!
【対象者3:レオ】
陽気で実用主義者を装っているが、果たしてそうか。暖かい靴下や上等な剪定鋏も喜ぶだろう。だが、私は知っている。彼が時折、休憩中に、古い一冊の冒険小説を、実に大切そうに読んでいることを。彼は、現実的な男を演じながら、その実、心の内には冒険への憧れを秘めているのではあるまいか。
数日間にわたる熟考の末、私は、それぞれの「最適解」を導き出し、王都の商会に秘密裏に手配を依頼した。
***
そして、聖夜祭の夜。
暖炉の火がぱちぱちと音を立て、食卓にはアンナが腕によりをかけた、特別なご馳走が並ぶ。四人だけの、ささやかで、しかし、とても温かいパーティーであった。
食事が終わり、いよいよ贈り物の交換の時間が訪れた。
「アンナ、いつもありがとう。これは、あなたのためのものですわ」
私が贈ったのは、柔らかな毛糸で編まれた暖かい肩掛けと、冬の空の色をした小さな花のブローチ。アンナは驚きに目を見張り、やがて「もったいないお言葉でございます」と、目に涙を浮かべて喜んでくれた。
「コンラート。あなたの仕事の、ささやかな癒やしになればと思って」
私が差し出した、王都で評判のチョコレートが詰まった美しい箱を前に、彼は一瞬、石像のように固まった。しかし、やがてその強張った顔が、ふ、と緩み、はにかむような、子供のような、見たことのない表情を見せた。
「レオ。あなたの心の中の、もう一つの庭のために」
革の美しい装丁が施された、有名な冒険譚の古書。レオはいつもの軽口を忘れ、驚いたようにそれを見つめ、「……参ったな。お嬢様には、何でもお見通しみたいだ」と、照れくさそうに頭をかいた。
私の分析は、どうやら間違っていなかったようだ。満足感に浸る私に、今度は仲間たちからの贈り物が手渡された。
アンナからは、私の執筆で冷える指先を温めるための、美しい花の刺繍が施された手袋。
コンラートからは、彼が休日を費やして彫り上げたという、不器用だが温かみのある木彫りのペン立て。「これで、お嬢様の筆が、少しでも進めばと…」と、彼は言った。
そしてレオからは、彼が特別に調合したという、安眠効果のあるハーブのポプリが入った小さな匂い袋。「たまには、頭を空っぽにして休んでくださいよ、マダム・キュピドン」
どれも、高価なものではない。しかし、それぞれが私のことを真剣に考え、心を込めて選んでくれた(作ってくれた)ことが、痛いほど伝わってきた。贈り物の「最適解」とは、値段や希少性ではなく、相手を思う「心」そのものなのだ。
***
パーティーが終わり、自室に戻った私は、仲間たちからの温かい贈り物をテーブルに並べた。コンラートのペン立てにペンを差し、レオのポプリの香りに包まれながら、アンナの手袋をそっと眺める。
贈り物がもたらす「心理的効果」とは、単なる満足感ではない。それは、自分という存在が、相手の心の中で大切に思われていることを確認し合う、温かい儀式なのだ。
私は、マダム・キュピドンの新作に、新たなエピソードを書き加えた。
聖夜祭の夜、ヒーローとヒロインが高価な宝石ではなく、互いを思って手作りした、ささやかな贈り物を、何よりも愛おしそうに受け取り合うシーンだ。
「贈り物の最適解を巡る探求は、意外な結論に行き着いた。それは、品物そのものではなく、選んでいる時間、作っている時間、相手の喜ぶ顔を想像する時間、その全てが『贈り物』なのだということ」
私は、仲間たちへの感謝の気持ちで胸を満たしながら、静かに聖夜の眠りについた。
「どうやら、この世で最も価値ある贈り物は、人の心そのものらしい」
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