第3話 一攫千金
ぬるぬると動くその粘液はだんだんとこちらに近づいてくる。
濃い緑色をしたその粘液は三体いた。
粘液の大きさは大きなバケツをひっくり返したほどだ。
「きもっ」
若返った母さんが短いが的確な感想をもらす。
初めて見るモンスターは母さんの言う通り、吐き気をもよおすほど気味が悪い。
「あれはキラースライム。このバベルの塔で最弱のモンスターよ。粘液の中心部にある
アリエルは白くて細い指をスライムにむける。
アリエルの言う通り、粘液の中心部に金平糖に似た石がある。
どうやらそこが弱点のようだ。
案内人アリエルの言葉を信じればの話ではあるが。
「あら失礼ね。私は嘘なんてつかないわ」
まるで心を読まれたかのようなアリエルの言葉に僕は正直焦る。
焦り顔の僕を見て、アリエルはクスクスと笑う。
「ほら、キラースライムが攻撃してきますよ」
アリエルが注意を促す。
僕はカシナートの剣を抜刀する。
銀色の刃が光輝いている。
僕は右手にカシナートの剣を持ち、左手に鞘を持つ。これは剣をぶら下げるためのベルトが必要だな。
キラースライムは突如、飛んだ。
これには正直驚いた。
ゴキブリが飛んだら驚く。それに近い。
僕は狙いを定めて、カシナートの剣でキラースライムの核を突き刺す。
ずぶりと不快な手ごたえとともにカシナートの剣の切っ先は核を粉砕する。
どろりとキラースライムは床に落ち、蒸発して消える。床には半透明な石が落ちている。
これがモンスターを倒したときに得られる神霊石というやつだろうか。
「風よ切り裂け!!
母さんが
一陣の疾風が集まり、キラースライムを切り刻む。粘液が吹き飛び、キラースライムの核があらわになる。
その核を母さんはニコラ・フラメルの杖で打ち砕く。
驚いたことに母さんは初陣で魔法を使った。
ダンジョンに来たことを僕は実感した。
最後の一体は僕がカシナート剣で一刀両断した。
僕たちは小石ほどの大きさの神霊石を三つ手に入れた。
「お見事です。これにてチュートリアル終了です。広瀬川瞬様と広瀬川梨香様にはこちらを差し上げます」
アリエルは僕と母さんに銅色のプレートを手渡した。大きさはクレジットカードよりは一回り大きいという程度か。
「これは?」
僕はアリエルに尋ねる。
「これは契約の銅板です。私との契約の証と思っていただきたく思います」
アリエルはワンピースの裾をちょこんと持ち、頭をさげる。
その銅板のプレートには僕の名前とレベル3という文字が刻まれている。
他には
「ねえねえ、あたしは治癒師だって」
若い母さんが可愛い顔を僕に向ける。
ついさっきまで六十代だったとは思えない可愛らしさだ。
母さんの銅板のプレートには
てっきり母さんは魔術師だと思ったけど治癒師だったようだ。
「どうしますか、冒険を続けますか?」
小首をかしげる愛らしい動作でアリエルは僕たちに尋ねる。
「瞬君、あたしお腹すいたわ」
母さんがお腹をおさえる。
たしかに母さんの言う通り、お腹が空いている。
スマートフォンの画面を見ると午後一時を回っていた。
早朝に起きて、まだ何も口にしていない。
「僕たちは一度帰るよ」
カシナートの剣を鞘に戻し、僕はアリエルに言う。
「かしこまりました。お疲れ様でした」
アリエルはにこりと美しい笑みを僕たちに向ける。
「僕たちは帰るけど君は?」
僕はアリエルに訊く。
彼女はどうするのだろうか?
このバベルの塔に置いていくのはなんだか忍びない。
「私はここで皆さまをお待ちしております」
静かにアリエルは言う。
「ええっ一緒に帰ろうや。あたしが美味しいご飯つくってあげるさかいに」
ベタベタの大阪弁で母さんはアリエルに提案する。
「私はこの塔から離れられません」
目をつむり、アリエルは首を左右にふる。
どうやら何か理由があるようだ。
無理にアリエルを連れて帰るのはなんだかよくない気がする。
「わかった。またすぐに戻ってくるよ」
僕はアリエルに言う。
「ほんならアリエルちゃんまたね」
母さんもアリエルに別れを告げた。
キラースライムがドロップした神霊石を短パンのポケットに入れて、僕たちはバベルの塔を後にした。
僕たちがバベルの塔をあとにすると、あの黒い鉄の扉はギギギッと軋む音をたて閉まった。
家に帰り、僕は熱いシャワーを浴びた。
思いのほか疲れていたようでお湯が体にしみわたる。
シャワーを浴びた僕はポロシャツにスラックスというおじさんファッションに着替える。
地味だけど不潔でなければそれで良い。
母さん特製の焼き飯を食べたあと、少し昼寝し、天王寺にある神霊石の引取り所に向かう。
天王寺についた頃には午後五時になっていた。
この引取り所は国内にいくつかある公的な機関である。
受け付けを済ませた僕は呼ばれるのを待つ。
いかにも冒険者らしいいかつい男たちがベンチに座り、待機していた。
その中にショートカットの可愛らしい女子がいた。年の頃は若返った母さんと同じぐらいか。
目が合うとにこりと微笑んでくれた。
「25番でお待ちの広瀬川さん」
僕は名前を呼ばれたのでショートカット女子に会釈して、鑑定士のいる個室に入る。
僕を出迎えたのは黒いスーツをきっちりと着こなした眼鏡美人だった。きりりとした気の強そうな目をしている。年の頃は三十代前半といったところか。ジャケットが張り裂けそうなほどの巨乳ぶりに目が奪われる。
「あの……これを見てほしいのですが……」
思ったより美人が出てきたので僕は緊張する。
震える手で入手した神霊石を三つトレイの上に置く。
「えっこれは……」
眼鏡美人は驚愕する。
きらりと眼鏡が光る。
「これは稀に見る純度の神霊石ですね。もし買い取らせていただけるのなら一つ五百万円でどうでしょうか」
眼鏡の奥の瞳をきらめかせながら、鑑定士の女性は言った。
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