実家の裏山にバベルの塔が生えた件について。アラフォー社畜のおっさんはやがて勇者になる

白鷺雨月

第1話 裏山にバベルの塔が立つ

 ダンジョンというものが世の中にあらわれたのは、今から約三年前のことだ。

 そこから人類の文明はがらりと変化した。

 神霊石しんれいせきという鉱石から採れるエネルギーは拳ほどの大きさのもので一万世帯の電力をひと月はまかなえるというものであった。

 その神霊石、魔石とも魔法石とも呼ばれるものはダンジョンに入り、採取しないといけない。

 ダンジョンに潜り、モンスターや悪魔、巨人などを倒して手に入れなければいけない。

 20世紀は化石の時代、21世紀は神霊石の時代と呼ばれるようになった。

 もし、自分が所有する土地にダンジョンがあらわれたのならその日からは石油王ならぬ神霊石王と呼ばれる存在となる。平たく言えば大金持ちになれるのだ。


 僕はいつか実家の裏山にダンジョンが出現したらいいのにと妄想しながら、デスクのパソコンにむかっていた。

 神霊石を採取する冒険者となれば巨万の富を得ることができる。

 冒険者はダンジョンに潜り、モンスターを倒して神霊石を採取する職業のことだ。

 ダンジョン土地所有者ほどではないが、冒険者も大金持ちになる現代のルートの一つだ。

 しかもその冒険の様子を配信するものまであらわれた。それが流行し、ダンジョン配信は今最も熱い職業といえる。しかし、ダンジョンに入り、モンスターと戦うということは死と隣り合わせだ。

 そんな勇気のない僕はただ黙々と事務作業をこなすまでだ。


 僕の名前は広瀬川瞬、大阪市内のとある企業に勤めるいわゆる社畜だ。年齢は三十六歳でアラフォーのおっさんである。

 容姿はというとこの年で結婚もしていなければ彼女もいないということで察してほしい。

 趣味はといえばワンルームマンションの自宅で一人寂しく異世界もののアニメをみることだ。

 僕もこんなアニメの主人公のようにチートな能力を手に入れて、可愛い女の子たちに囲まれて暮らしたい。そんな妄想をするだけが唯一の生きがいであった。


 朝のニュースでお天気キャスターが今年の夏も猛暑日が続くでしょうとレポートしていた。

 切りそろえられた前髪が可愛らしい女性キャスターだった。僕にもこんな彼女がいたら人生変わっていたのになと思いながら、出勤のために家をでる。

 正午ちょうどまで働き、僕は社員食堂に向かう。

「ミックスフライ定食おまたせしました。豆腐の小鉢は本日のサービスです」

 定型文のようなセリフを言い、若い女性店員がトレイをてわたす。僕はサービスの冷や奴の小鉢を棚から取り、トレイにのせた。

 取り放題の黄色い沢庵をご飯にたっぷりと乗せて、テーブルに向かう。

 この日も一人で昼食をとる。

 前方のテーブルでは三人の女性の同僚が最近流行りのダンジョン配信者の話をしていた。

 瑠璃という名前の配信者がかっこよくて綺麗だとかなんとか言っていた。

 ミックスフライ定食をたいらげた僕のスマートフォンがピコンとなる。

 スマートフォンの画面を見ると女性からのラインのメッセージであった。その女性とは母親の梨香からであった。


「たまには実家に帰ってきて、和馬に会いなさい」

 和馬とは僕の二つ上の兄のことだ。

 和馬は僕が十六歳のとき、約二十年前の夏に行方不明になった。二十年間、和馬は行方不明のままで今ではほぼ死亡したような扱いになっている。

 ただ、それでも死亡届を出せずにいるのは母親の感情にまだふんぎりがついていない証拠だと思う。

 もうそんな時期か。

 僕はわかったと短い返信メッセージを送る。既読はすぐについた。



 休日の土曜日、僕は実家は大阪府の南端和歌山県との県境岬町にある。南海電鉄の急行和歌山港行きの電車に乗り、みさき公園駅に向かう。

 電車が南下するにつれて窓から見える景色が田園風景にかわっていく。

 みさき公園駅のロータリーに行くと母親の梨香が軽自動車の窓から手をだしてふっている。

 僕は助手席に乗る。

 そこから車でさらに三十分ほどの距離のところにあるのが僕の実家だ。

 田舎の家特有のただただ大きな家だ。

 この家の裏山も実家のもちものらしい。 

 たいした価値はあんまりないらしい。広いだけだ。

 高速道路かダンジョンでもできたらねえと言うのが、母親の梨香の口癖だった。

 リビングに飾られている和馬の写真に挨拶する。

 まるで遺影ではないかといつも思う。

 写真の中の十八歳の兄は当たり前だけど若い。満面の笑みを浮かべている。

 いったい兄の和馬はどこに行ったのだろうか。もしかして異世界にでもいったのだろうか。


 母親は僕のために焼肉を用意してくれた。もう中高生ではないのにかなりの量だった。

 もう僕はアラフォーなんだけどね。

 母親自身も六十半ばだ。

 でもせっかく用意してくれたのだし、僕はお腹が苦しくなるまで焼肉を食べた。

 久しぶりに肉をこんなに食べたな。

 お風呂に入り、掃除された自室で眠る。

 翌朝、まだ早朝と呼ばれる時間に僕は轟音で目を覚ました。

 轟音は裏山から聞こえてくる。

 僕は短パンにTシャツの寝間着のまま、庭に出る。

「瞬君、瞬君、瞬君!!」

 この年で瞬君と呼ばれるのは恥ずかしい。

 抗議しようかなと母親の顔を見ると面白いほど目を丸くしている。

「あれ、あれ、あれ」

 母親は震える口からそれだけを言うと裏山を指さす。


 僕は母親の人さし指が指す方向を見る。

 そこには天高くそびえる塔が立っていた。

 見上げても頂きが見えない。

 僕は前にダンジョンについて調べたことがある。

 ダンジョンは洞窟だけでなく塔や城などもあるという。それらを総じてダンジョンと呼ぶというのだ。


 僕の実家の裏山にバベルの塔のようなダンジョンが生えた。


 

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