EP 2

森の目覚めと白雪の刃

ふわり、と体が軽くなる感覚が消え、柔らかな何かに受け止められた。

神城美月が恐る恐る目を開けると、視界に飛び込んできたのは、見たこともない植物が生い茂る森の中だった。

天を突くほどの巨木が何本もそびえ立ち、その葉の隙間から差し込む光は、まるで教会のステンドグラスのようにキラキラと地面に模様を描いている。湿った土と、むせ返るような濃い緑の匂い。遠くからは、聞いたこともない鳥の声が響いてくる。

「本当に……来ちゃったんだ、異世界……」

さっきまでの女神とのやり取りが、嘘ではなかったことを実感する。頼れる人は誰もいない。スマホはもちろん圏外だ。途端に、背筋がぞくりと冷たくなる。

「ど、どうしよう……。こういう場所って、絶対魔物とかがいるんだよね……」

茂みの奥がガサリと音を立てた気がして、美月は「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。心臓が早鐘を打ち、恐怖で涙が滲む。赤いワンピースの裾を、ぎゅっと握りしめることしかできない。

(しっかりしなきゃ、私! でも、どうやって……?)

パニックで頭が真っ白になりかけた、その時だった。女神アクアの少し投げやりな声が、脳裏に蘇る。

――『ランダムボックスを付けますよ』

「そ、そうだわ! ランダムボックス!」

藁にもすがる思いでそう叫ぶと、目の前の空間に淡い光の粒子が集まり始めた。光は徐々に形をなし、ゲームのウィンドウのような半透明の電子ボードへと姿を変える。そこには、くっきりと文字が浮かび上がっていた。

【システムメッセージ:異世界転生初回無料ボーナスとして、三回の召喚が可能です。通常は一回につき100ポイントを消費します】

「何それ~!? ポイント制なの!? ……まぁ、タダで引けるならいっか!」

女神の雑な仕事ぶりに呆れつつも、絶望の中に差し込んだ一筋の光に、美月は少しだけ元気を取り戻す。

「今はとにかく、自分を守るものが必要よね。武器……そうだ、刀! 刀が欲しいわ!」

自分の原点であり、最も信頼できる武器。それさえあれば、きっと大丈夫。美月は心を決め、電子ボードに指を伸ばした。

「えっと……三つ、範囲を決めればいいのよね。じゃあ……[日本]、[武器]、[刀剣]!」

キーワードを入力し、確定ボタンを押す。すると、ウィンドウの中央が眩い光を放ち、ゆっくりと一つの物体が実体化して、目の前に現れた。

それは、一本の刀だった。

雪のように真っ白な鞘に、銀糸で編まれた美しい下げ緒。手に取ると、驚くほど軽く、そしてしっくりと馴染む。まるで、ずっと前から自分のためにあったかのようだ。

「きゃっ……なんて美しい刀……」

美月は吸い寄せられるように、鯉口を切り、刀身を抜き放った。現れたのは、月光を溶かし込んで鍛えたような、澄み切った鋼の刃。刃に映る自分の顔は、不安と、そしてそれ以上の期待に満ちていた。

「すごい……居合いに、すごく向いてる……」

確かめずにはいられなかった。

美月は近くにあった、大人の胴回りほどもある木を的と定め、すぅっと息を吸う。納刀したまま腰を落とし、居合いの構えを取った。さっきまでのパニックが嘘のように、心が凪いでいく。

次の瞬間。

電光石火の踏み込みと共に、閃光が走った。

――無月流居合術、一ノ型『水面斬り』。

シュッ、という澄んだ風切り音の後、一拍置いて、木が真っ二つに分かれてゆっくりと地面に倒れていく。その断面は、まるで鏡のように滑らかだった。

「……すごーい! なにこれ、超業物じゃない!」

あまりの切れ味に、美月は自分の腕前を棚に上げて歓声を上げた。この刀があれば、きっと戦える。この世界で、生きていける。

美月は愛おしそうに刀を鞘に納め、そっと抱きしめた。

「貴女は、今日から私の相棒よ。雪みたいに綺麗だから……貴女の名前は『白雪(しらゆき)』ね」

『白雪』という頼もしい相棒を得て、美月の心に一本の芯が通る。

「えっと、無料分はあと二回……。でも、何が起きるか分からないから、今は温存しておきましょう」

慎重にそう判断した美月は、ウィンドウを閉じた。まずは情報収集と、安全な場所の確保が最優先だ。

彼女は白雪の柄を強く握りしめ、覚悟を決めた顔で、森の奥へと一歩を踏み出した。

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