異世界転生×ユニークスキル ランダムボックスで無双する!?

月神世一

ランダムな勇者

赤いワンピースと、お節介な優しさ

アスファルトに染み込んだ熱気が、夜になってもふわりと立ち上る。ファミレスのバイトを終えた神城美月(かみじょう みつき)は、少しばかり弾む足取りで家路についていた。

「はぁ~、今日もお客さん多かったなぁ。でも、残り物のから揚げ貰ったから食費が浮いたわ」

手にしたビニール袋を小さく揺らし、ささやかな幸運に笑みがこぼれる。赤いワンピースの裾が、軽やかな夜風にひらりと舞った。このワンピースは彼女のお気に入りで、少しだけ気分を上げてくれるお守りのようなものだ。

上京してきて始めた一人暮らし。准看護師の資格は持っているが、正看護師になるための学費と生活費は、バイトをしなければとても追いつかない。彼氏いない歴は年齢と同じ20年を更新中。カッコいい男性を前にすると、緊張で言葉も出てこない自分に、時々嫌気がさすこともある。

それでも、ささやかな日常に幸せを見つけながら、美月は懸命に生きていた。

大きな交差点で、チカチカと点滅する歩行者用信号を待つ。ふと、視線の先に小さな茶トラの猫がいることに気づいた。車道の真ん中近くで、体を丸めて動かない。

「あら、危ないわよ。こっちにおいで」

美月の優しい声は、都会の喧騒にかき消されそうになる。猫は警戒しているのか、こちらを向いたまま動こうとしない。

その時だった。

けたたましいクラクションと、空気を切り裂くようなエンジン音。見れば、大型トラックが赤信号を無視して猛スピードで交差点に突っ込んでくる。ヘッドライトが白く目を焼き、すべてがスローモーションに見えた。

(危ない!)

思考より先に、体が動いていた。免許皆伝の腕前を持つ居合術師の踏み込みは、日常の動作の中に無意識に溶け込んでいる。

アスファルトを強く蹴り、猫へと駆け寄る。その小さな体を抱きしめ、歩道へと投げ飛ばした。

「ニャッ!」

猫が無事に着地したのを確認する間もなく、熱と衝撃、そして鉄の塊が肉を砕く鈍い感覚が、美月のすべてを飲み込んでいった。

お気に入りの赤いワンピースが、本物の赤に染まっていく。薄れゆく意識の中で、美月はどこか他人事のように思った。

(あぁ、そうか。私、死ぬんだ。バイト代、まだ貰ってないのにな……)

次に美月が目を覚ました時、そこは音も光も、上も下もない、真っ白な空間だった。

「あ、起きましたか」

透き通るような声に振り返ると、そこに一人の女性が立っていた。水色の髪を長く伸ばし、まるで最高級のシルクで仕立てたようなローブをまとっている。あまりの美しさに、美月は言葉を失った。

「え? なに? ここは何処かしら? 貴女は?」

「はい。私の名はアクア。まぁ、貴女たちが言うところの『神』と呼ばれる者です。少し違いますけど」

アクアと名乗った女性は、どこか面倒くさそうに、しかし優雅に微笑んだ。

「神様……? じゃあ、やっぱり私、死んだの? えぇーっ!? そんな! まだバイト代も貰ってないし、正看護師の資格だって取ってないのに!」

ようやく自分の死を実感した美月は、その場にへたり込んだ。やり残したことばかりが頭をよぎる。勉強は苦手だったけど頑張った准看の資格。これからだった大学生活。そして、一度もしたことがない、恋……。

「まぁまぁ、そんなにパニくらないでください。業務に支障が出ます」

「うわああああん! 死にたくなかったー!」

アクアはこめかみをピクピクさせながらも、やれやれと首を振る。

「泣かないでください。貴女は自己を犠牲にして、か弱い猫の命を救いました。その善行に免じて、特別な機会を与えます。――『ジャンニロウズ』という世界に、転生する機会を」

「そ、それって……漫画とかでよく見る、異世界転生ってやつ!?」

美月の涙がピタリと止まる。アクアは「話が早くて助かります」と頷いた。

「えぇ、そうです。転生にあたり、特典をいくつか与えましょう。まず、言葉が通じないと不便でしょうから『言語理解』は標準装備で。それから……あら?」

アクアは手元の見えないリストに視線を落とし、興味深そうに目を細めた。

「貴女、無月流居合術の免許皆伝ですって? へぇ、面白い。これだけ強いなら、戦闘系のスキルを付けるのはやめておきましょうかね。バランスも取れますし」

「そ、そんな!? お願いします! それじゃあ丸腰と一緒じゃないですか! うわああああん!」

あまりの理不尽さに、美月は再び大声で泣き出した。プライドも恥じらいも捨て、ただ必死に懇願する。この神様は、たぶん泣き落としに弱いはずだ。

「あーもう! うるさいですねぇ! 分かりましたよ! 付けます、付ければいいんでしょう!」

思った通りの反応に、美月は心の中でガッツポーズをする。アクアは深いため息をつくと、人差し指を立てた。

「じゃあこれ。『ランダムボックス』を付けますよ」

「ランダムボックス?」

「はい。地球にある物を、キーワードを三つ決めて召喚できる、なかなかの優れモノです」

「三つ!? それって多いのかしら? 少ないのかしら?」

便利な気もするし、すごく不便な気もする。美月が首をかしげた、その時だった。アクアの背後で、空間が眩い光を放ち始める。

「あ、もう時間です。詳しい使い方は、まぁ、習うより慣れろ、ということで」

「え、えぇ!? もう行っちゃうの!? 説明ーっ!」

「では、神城美月さん。良い異世界ライフを!」

アクアの投げやりなエールを最後に、美月の体は強い光に包まれ、意識は急速に遠のいていった。

こうして、神城美月(20)、彼氏なし、居合の達人で甘党の彼女は、中途半端な説明だけを手に、異世界ジャンニロウズへと旅立つことになったのである。

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